鉄研式部日記

私、紫式部は、闇の中、燭台の灯がぼんやりと照らす文机で、清少納言の悪口をまた書いていた。
書き物はやはり、静かな夜に限る。唐の文物にもそうあるのです。
賢しらにしながら結局字間違えている清、清少納言。ほんと好奇心に憚りもなく行動する。まったくろくなものではない。詰まるところ、彼女のようなものは地獄行きでしょうね。
源氏物語執筆の筆に詰まると、ついまたこうしてしまう。心に溜まってしまう口にしたくないような罵詈雑言をこうして書き出す。こうしないと心の安定が取れないのです。
でも、いつもこのあとは、やっぱり心が不安定になって、結局自己嫌悪のどん底に沈んでしまう。
わかってる。本当は私、清、清少納言のように生きたい。私は世に言われるように謙虚なんじゃない。私はただ自信もなく、そんな自分がとても嫌いなだけ。いじいじと陰湿に考え、ただ煩っているだけ。そしてそれを繰り返してしまう。
ありのままに生きてみたい。この心のおもむくままに、自由に自信を持って、力強く生きてみたい。
でも私にそんな資格はない。そう育てられ、そうすることでここまで世を過ごして生きてきてしまった。
こんな私が何度生まれ変わったら清のようになれるだろうか。いや、なれるわけもない。
私が清のようになれれば、我が主・彰子さまは間違いなく成功する。
私は非力。
あの才能とありあまる自信が、私にもあれば……。

その時、夜闇の遠くから何か巨大なものが近づいてくる気配。
それが鋼のきしる音と大きな笛の響きと共に、私を圧倒した。

「電車が2番線に参ります。黄色い線の内側に下がってお待ちください」
この声は?
目の前で鋼の襖が左右に開き、人々が大勢出てくる。
この見慣れぬ筒袖の灰色の衣は?
衣の刺繍には、海老名高校、エビコーの文字。
鋼色の大きな牛のない牛車が目まぐるしく行き交う、まっすぐ伸びる白い鋼の轍。
それを覆う大きな屋根のもと、光る衝立に書かれた地名は、「海老名」。
これは……なんと! 令和の御代でしたか!

なぜか私はするりと、なんの違和感もなく、そこですべてを理解してしまったのです。

私、1000年の時を超えて、令和の高校生になってる!
すごい!
高校生活! 試験など楽勝! こんな勉強、あの時代に比べれば容易の極み! まさにオーバーキル! まさにチート! 無双っ! 無敵っ!
これ、もしかするとこの令和風に言うなら「平安時代の女官だった私、令和の御代の高校生に転生したら高校生活楽勝でクソワロタ」なのかしら。……ちょっとイマイチよくわからないけども。
それにしてもこの令和の世の『パソコン』なる小箱や、『スマホ』なる小硯のようなものは大変便利でよい。これなら源氏物語の執筆もとてもはかどることでしょう。でもあの時代では使えないのですね。残念。
そして放課後、私が決まって行く部室は、私の所属している……ええっ、鉄道研究部?!
私、エビコー鉄研の部員に転生しちゃってたの?
「うむ、紫くんもなかなかの出来であるのだ。我が鉄研水雷戦隊、今回も赫々たる大戦果なり。これは甲作戦の突破も十分期待できようぞ!」
ええっ、そのうえ清が部長、鉄研総裁!?
「ぬ? 紫くん、なにか怪訝な顔だが、これはそもそもそういう話ぞよ。ゆえ、あきらめてくれたまい!」
そしてここでも清、総裁はやっぱりすごく破天荒でのびのびしてる。
幾多の鉄研の活動、旅行や模型作りと言った冒険。
総裁は駅でマナーを破る、よその悪い鉄道マニアを大声で一喝して撃退。
その「総裁砲」のとんでもない威力は、ほんと相変わらず。
それにひきかえ、私、やっぱりダメだなあ。
そう思ってるのにまた手元では清総裁の悪口書いたりしてるし。「総裁コーフンするといちいちうるさい」とか。
ほんとこんな自分が、卑屈で陰湿で嫌になる。
どうしてこうなってさえも、私はありのままに生きられないんだろう。
「紫くん、さふ嘆くでない。結局あの平安の世で成功するのは君の主、彰子さまであったのだ。そしてワタクシはそれを支えた君に憧れて、ワタクシもなんとかならぬか、ともがいて時空をさまよったあげく、こうして令和のここにおるのだ」

えっ。

鉄研の模型作りの買い物に来た鉄道模型店のガラスケースの森の向こう。
微笑む清総裁が首を傾けている。
……だから私、清にどうやっても敵わないんだ……。
「総裁……!」
微笑んで、うっとりとした瞳になって私のあごを手で取る清総裁。
「つらかったのであろう。もう思い煩わなくても良いのだ」
私はその総裁にしがみつく。
そして私たちは、ふっくらとした薄い桜色のこの唇同士を……。


はっと私がまた気付くと、春の黎明の日差しが寝所に微かに入ってきていた。

「『やうやうしろくなりゆく』……か」

接点が直接存在しない私・紫式部と清、清少納言なのに、こんなとても不思議なことになってしまう。
私たち、実は似たもの同士? まさか。
でも多分私たちは、きっと強くつながっているのでしょうね。

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