ひろがることば〜『忘れられる過去』

前回のポストからの間、久々に小説を読みました。BSプレミアムで放送中の『歪んだ波紋』という、マイ大好物・松田龍平氏が主役を務めるドラマ原作本。感想というか、ドラマのことも含めた雑感めいたものをツイッターでだらだらと書いてます。(https://twitter.com/meromeshi/status/1191847633880412160?s=21)

ある一つの出来事を、底知れぬ深さの沼にぽちょん…と落として言い知れぬ怖さを感じさせるのが上手い、塩田武士氏の鮮やかさな手腕にしてやられ一気読みしました。ドラマ版での味付けも楽しみだな〜ん。

BSプレミアムと言えば、かつてのNHK衛星第2放送から引き継がれた「週刊ブックレビュー」という書評番組がありました。“ミスター・ブックレビュー”と称されていた故・児玉清氏の知的な司会ぶりが素敵でしたが、氏亡き後1年ほどで番組も終了。本が主役の貴重な情報メディアとして、この番組をとても頼りにしていた私は、たいそう落胆したもんです。。

今回ご紹介する本は、この番組で出会い、大好きになった作家の随筆集です。NHKクロニクルに残された記録によると、放送日は2004年4月4日。って、これ、私の結婚日じゃん!!(いらぬ情報)勝手ながらご縁を感じてしまうこの日のゲストが、現代詩作家・荒川洋治さんでした。この番組、前半は3人の書評ゲストによるおすすめ本&合評コーナーで、後半は国内外作家らのインタビューで構成されていたのですが、荒川さんは後半登場のスタジオゲストで、この日に取り上げられていたのがエッセイ集『忘れられる過去』でした。

例に漏れず…なのですが、荒川さんのことはこの番組を見るまでお名前すら存じ上げませんでした。が、そのお話ぶりを一見しただけで、不思議なほど親しみが感じられて、あら〜何だろう、このかわいさは、、と俄然興味が湧いたという記憶だけはあるのですが、私の残念な脳はその時に出たお話の内容を一つも憶えておりませんで。。もしかしたら、私が今でもこの本の中でとても好きな短い一編、「クリームドーナツ」のお話をされていたかもしれません。。

荒川さん、駅のわきにあるお店のクリームドーナツがお気に入りで、

『調子のいいときは、そこでクリームドーナツを三つくらいたいらげたいのだが、店の人に、「あら、あの人、またクリームドーナツだわ」とみられるので、ひとつふたつ別の種類のパンをいっしょに買う。』(引用)

思わず読んでるこちらがニヤけてしまうようなカモフラージュを織り混ぜつつ、店の椅子にこしかけて、ひと息つきます。そして、

『それからまず二番目に好きなアップルパイを消化。そして目標のクリームドーナツを消化する。ひとつの、おわり。

 静寂のひとときが、おとずれる。それから、袋のなかの「テイクアウト」で買ったもうひとつのクリームドーナツをそっと出して、食べる。この手順だとあまり目立たない。』(引用)

この辺りで、絶賛かわいいかよ…!!となりますが、その後に続く、

「五〇歳を過ぎた。するべきことはした。あとはできることをしたい。それも、またぼくはこうするなと、あらかじめわかるものがいい。こんなふうな習慣がひとつあって、光っていれば、急に変なものがやってこない感じがするのだ。」(引用)

の段落で、一気に世界が透き通っていくような感性を目の当たりにします。なんだこれは…!?とドキドキして、喉元がクッと熱くなる感じ。誰でも書けるようなこんなやわらかいことばで、これほどまで心が動かせなんて、、という驚き。何気ない日常でとらえる風景や想い、記憶などが紙面に浮かび立ってくるというか…。そんな魅力的なエッセイがたくさん収録されているので、どこから読んでもすてきなきぶんに浸れます。

そうだ!今急に思い出しましたが、たしか番組では、この本のタイトルのダブルミーニングについてのお話をされていました。本のあとがきにも記されているのですが、『忘れられる過去』ということばは、「忘れることができる過去」と、「忘れ去られてしまう過去」という二つの意味で取れる。この本より前に、同じ出版社から出された『夜のある町で』という随筆集のタイトルも同様に、「夜がある」と「夜の、とある」というどちらの意味でも取れ、この本の「弟か妹みたいな本にしましょう」という出版社担当者のことばから『忘れられる過去』が生まれたそうです。

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表紙のデザインからも漂う弟妹感…♡

実は、このnoteのタイトルも、こちらのアイデアからヒントをいただいて、名付けたものです。「読んでない」と「呼んでない(お呼びでない)」の二つの意味のどちらにも取れるかな、、と。私のは自虐さに塗れて全然美しさがないですが笑 

ことばの不完全さ、ゆえの拡がり。という裏表の魔力のようなものを感じさせるあたりは、さすが詩人!ということで、こちらの詩集のカバーもご紹介しちゃお。シリーズ味あふれるデザインで、本フェチとしてはとっても嬉しくなるやつですー。

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荒川さん、時々新聞の書評者としてもお名前を拝見するのですが、最近も毎日新聞で武田百合子の『富士日記』のことを書いておられたのを読んだばかりで。

今週の本棚:荒川洋治・評 『富士日記 新版 上・中・下』=武田百合子・著 - 毎日新聞 https://mainichi.jp/articles/20191006/ddm/015/070/006000c

書評文もまたすごく良くて、あー!やっぱちゃんと読まないとなぁ、富士日記!となった次第です。(やはり読んでない俺)


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