大体それは全部水

 連絡しても一向に返事がない友人の家に行った。合鍵でドアを開けてずかずかと入ると、彼女が自分で自分を殺そうとしているところに出くわした。水の音が嫌に耳に響いている。ぽっちゃん、ぽちゃぽちゃ、ぽたり。

 「あ」

 彼女が何かを口走るよりも先に、私は彼女の腕を引っ張る。取り急ぎ、彼女の保険証と診察券を所定の棚から引っ張り出すのも忘れない。腕の傷は浅そうだから、救急車じゃなくても多分平気だな。助手席を綺麗にしておいて良かったな。昨日が給料日だったからお金もあるし、どうにかなるだろう。



「お大事にしてください」

 白い錠剤と塗り薬と張り薬が入っている薬の袋を受け取り、車に戻った。後ろの座席にそれを置き、運転席のドアを開けて座ると、助手席の彼女は陸に打ちあがった鯨のように息苦しそうな様子で項垂れていた。

「海でも見に行こうか」

 正解か不正解か分からない問いかけを、彼女にしてみた。頷いたり首を振ったりもしないけれど、このまま家に帰るよりはましな選択かも知れない。私はそう思った。二時間の山道を超えるくらいのガソリンはある。私はブレーキを踏んで、エンジンをかけた。




 海は灰色だった。見事なまでに、灰色だった。私もそのうちこの灰色に染まるのかもしれないと思った。彼女は泣きながら、灰色の世界に駆け出した。鴎は私たちを見下ろしながら、薄灰色の雲と白い空の間を飛んでいる。彼女の絶望を完全に理解できるのは彼女しかいないし、そこに他人である私は絶対に立ち入ってはいけない。神聖な彼女の領域を、私という他人の引力でおかしくしてはいけない。一線を、引かなければならない。

 彼女の泣き声が灰色の海と空に全て溶けるまで、あと。