『月がきれいですね』#テレ東ドラマシナリオ

〇とある大学のベンチ

 夏の兆しが出てきた昼下がり。髪の毛の長さが腰まである女子大生がうたた寝をしている。両手が膝の上に置かれていて、その間には広げられた辞書が挟まっている。夏特有のぬるい風が吹き、広げられている辞書の(好き【好き】)という項目が消え去る。

 女子大生が目を覚まし、顔にまとわりつく髪の毛を邪魔に感じて振り払う。

◇髪を短く切った彼女

〇大学の廊下

 女子大生の肩を叩く女子大生。叩かれた女子大生が振り向く。

女子大生 真子「慈美、おはよう!」

女子大生 慈美「真子、おはよう。って、髪の毛どうしたの?」

 慈美が驚きの表情で真子のボブカットを指さす。

真子「えへへ。邪魔に感じて切っちゃった」

慈美(心の声) (長い髪の毛、綺麗だったのになあ。でも短い髪の毛もきれいだなあ)

真子「どうかな?似合っている?」

 真子がくるくると回転しながら、ボブカットを慈美に見せる。うなじの白さが太陽の光を浴びる。

慈美「(見惚れながらゆっくりと)………似合っていると思うよ」

真子「やったあ!ありがとう!実は少しだけ怖かったんだ。イメージががらりと変わっちゃった気がしてさ。嫌われちゃったらどうしようって」

慈美「真子はどんな姿になっても、真子は真子でしょう。私が真子のことを嫌いになるなんて、ないよ」

慈美(心の声) (真子の新しい一面を知ることができて、嬉しいとは言わない。恥ずかしいから)

真子「嬉しいな。慈美と一緒にいると、不安な気持ちが全部なくなっていく感覚がする。風が穏やかに吹く丘で昼寝をしているみたい」

慈美「出たー!真子の謎ポエム!!」

真子「だって、本当の気持ちだもん。気持ちはきちんと言葉で表現して相手に伝えないと勿体ないじゃん。せっかくこの世を生きているんだからさ」

 予鈴が鳴る。

慈美「授業、行こうか」

真子「うん」

 手を繋いで、教室に向かう。二人の左手にはおそろいのリングが光る。


◇結婚記念日を迎えた夫婦

〇夫婦の自宅

 和室にてお茶を飲み、一息ついている妻。部屋には夫婦の写真が並んでいる。柱時計が五時を告げる鐘を鳴らす。

妻 良枝「あら、もう五時か」

 玄関まで歩き、夫を迎える準備をする。デイサービスの車が庭に入る音がする。

良枝「来た来た」

 良枝は玄関の引き戸を開ける。

 デイサービスの職員と夫が庭から玄関に入る。

デイサービスの職員 野木「良枝さんこんばんは。孝次郎さん、お家につきましたよ」

夫 孝次郎「やっぱり、家はいいな。野木さんいつもありがとうね。母さん、ただいま」

良枝「お帰りなさい、孝次郎さん」

 荷物を玄関に置き、和室に孝次郎を座らせたあと、野木と良枝がデイサービスでの事柄を話す。

野木 「ご飯は毎食召し上がっていました。レクリエーションも楽しそうに参加していました。排便も毎日ありましたし、薬はきちんと飲んでくれました。夜に徘徊することは1回ありましたが、声をかけるとベッドに戻ってくれました」

良枝「そうですか。ありがとうございます」

野木「あ、そういえば良枝さんのことを自慢の妻だと職員に言っていましたよ」

良枝「えっ。あ、もしかして今日が結婚記念日だから思い出してくれたのかしら」

野木「えー。そうなんですか。おめでとうございます。あ、次の方の送迎に間に合わなくなっちゃうので、これで失礼します」

 野木はぺこりと頭を下げて、車へ戻る。良枝もお辞儀をして玄関を占める。玄関先から和室の孝次郎を見ると、眠っていた。

良枝(心の声)(四十八年間この人の隣にいたのか、私は)

 孝次郎が眠っている間に夕食の準備をする良枝。六時過ぎに孝次郎が目を覚ます。

孝次郎「母さん、赤とんぼを捕まえる夢を見たよ。今日は隣の席のみっちゃんに一緒に捕まえたんだ」

良枝「それは、よかったね」

 孝次郎は認知症で、少年期と現在を行ったり来たりしている。少年期の記憶が強いときには、良枝のことを実の母だと勘違いして話を進める。

孝次郎「小川でね、みっちゃんが落ちかけてすごく怖かった。ぼくの手がとっさに出なきゃ、みっちゃんは流されていたかも」

良枝「ふふっ。それは孝次郎くんみっちゃんにとってのヒーローになったのね。ヒーローなら夕ご飯はもりもり食べられるよね」

孝次郎「うん。いただきます」

 食卓にはサバの味噌煮、豆腐のハンバーグ、海藻サラダ、カボチャの煮付け、油揚げたっぷりのお味噌汁、ケチャップご飯が並んでいる。全て孝次郎と良枝の好きな食べ物。窓辺の一番見やすい位置の写真には二人が並んで映っていて、幸せそうに見える。写真には必ず花が添えられている。

良枝「孝次郎くん、美味しい」

孝次郎「………」

 孝次郎の視線を辿ると、写真に向いていた。

良枝「どうかしたの?」

孝次郎「今年は花をあげられなくてすまんな。来年は良枝に花をあげられるといいな」

良枝(驚いた表情)「あ、ありがとう、孝次郎さん」

良枝(心の声)(結婚記念日のことを覚えていてくれたのね、嬉しい)

月明かりに照らされる二人の家。


こんな感じで、オムニバス形式で「好き」という言葉がなくなっても人々の間ではそれに代わる言葉で「好き」という感情を重ねていく話を観てみたいです。我が家ではテレ東映りませんが!

 最後の片思い中のクラスメイトの話で、クラスメイト(男)がクラスメイト(女)に対して、「ぼくは、君に対するこの気持ちに対して名前を付ける。それは『好き』という名前だ」と告白する。告白した場所が図書館で、その瞬間に国語辞典が棚から落ちてくる。(好き【好き】)という項目のページが復活する。クラスメイト(女)が「私も好き」と答える。女が男に抱き着く。その振動で女が机に乗せていた本が落ち、栞も落ちる。最後は栞のアップで終わる。栞には夏目漱石の言葉「月がきれいですね」が印字されていた。


 シナリオを書いたことが全くないのですが、#100文字ドラマを読ませていただいたときに、場面が脳内でバンバン浮かび上がってしまい、思わず文字に起こしてしまいました。せっかくなので、投稿します。お邪魔しました。