薄紅は祈りの色

(自動的なものってあるでしょ)

 例えば、トラムが定時運行することだったり、学校の席に着いたら教科書タブレットが挨拶することだったり、放課後に温室のスプリンクラーが作動することだとか。

(だから、これもきっと自動的なこと)
 

 めったに通学してこない彼氏からメッセージが来たら、家に帰るのとは別路線の停車場で待つことは。そう思いながら、スイールはトラムに乗った。

『定期権区間外です。降車時に料金をお支払いください』

 パンクバンドの叙情的なスクリームに電子音声が無遠慮に割り込む。スイールはヘッドホンの外側を二回タップして警告をキャンセルした。汎用端末に楽曲データもトラムの定期乗車権コードも一緒くたに入っているから、こういうことになる。ついでに送金口座も同じ端末に紐づいている。清算用ゲートをくぐりさえすれば、そこから料金分の数字が引かれることだろう。

 ベンチシートに座ると向かいの窓から校舎が見えた。壁も屋根も巻貝のように天井に向かってねじれている。ここでは巻貝は沈思黙考を表す。学び舎に相応しい意匠。つまりは、どこにでもある普通の公立校ということだ。

 だからこそ、先週、九層目まで下る途中に見た電飾で飾られたよその学校を、スイールは容易く思い出せた。空の真ん中で閉鎖されたこの世界の、光る天井に遮光フィルムを張り巡らせ、往来を緞帳で区切り、常昼の世界に文字通りの夜の帳を降ろしたのだ。

 夜のオマツリのために、先輩は光るヘアピンまでプレゼントしてくれた。あの赤と金色の鮮やかさを、スイールは覚えている。
 

 どんなデートにも終わりがある。帰り際に明るい十二層目で眺めたヘアピンはひどく色あせて見えた。
 

 今、床に広がる赤い液体のように、どす黒いわけではなかったけれど。液体は、それがただの絵の具じゃない証拠に、濃厚な生き物の匂いがした。血だ。ここは、先輩のアパートだ。自動的に着いていた。

【続く】