サイトーくんは透明になりたかった。

 高校生にもなって児童会館で時間を潰している奴なんて、ろくでもないやつなんだと思っていた。俺がろくでもないからだ。
 塾や予備校に行くほど勉強ができるわけじゃないし、補習に絡め捕られるほど勉強ができないわけでもない。一緒に遊ぶ友達は居なかったけれど、酒や煙草を勧めてくる悪友も居なかった。部活はやってないし、習い事をしている訳でもない。バイトは雇って貰える気がしない。家に帰ってやることといえば、一人でぼろぼろ泣くだけだった。
 だからこうして、児童会館の図書室に敷かれたペラッペラなカーペットマットの上で文庫版ブラックジャックを読んでいる。漫画のコマに目を滑らせていれば泣かずに済んだ。
「その制服、ミナミガオカでしょ」
 俺はちょっとびっくりした。目の前に俺が通う高校の制服を着た女子が居る。
「一年でしょ。名前は?」
 女子は襟に赤いリボンをつけている。多分三年。俺のタイは緑だからそれで判断された。一番最初に考えたのはカツアゲだった。どうしよう、ベルクロの財布には280円しか入ってない。
「名前は? ねえ」
 三年女子は俺の隣に座る。焦げ茶の髪がさらさら揺れて、蛍光灯の光を虹色に反射する。
 次に考えたのは今週の予定でちらっと見た『親子教室 BABYと一緒に遊ぼう』の下見だった。平日10時なんて俺はガッコの北階段で震えているから、どんな内容かは、知らない。
「あたしはマミヤっていうんだけど」
 マミヤはブレザーのポケットから何か出した。生徒手帳だった。確かに『三年一組間宮薫子』と書いてある。
「もう三回目なんだけど、きみは?」
 俺は慌ててカバンから生徒手帳を取り出した。
「一年四組のサイトーユーキね」
 それで満足したのか、間宮先輩は横山光輝の三国志を読み始めた。一組なんて進学コースだ。彼女がろくでもないなんて思えなかった。21時の閉館時間まで先輩は俺の隣にいた。
 次の日、先輩は俺より先に児童会館にいた。

【続く】