ドラゴン・ハイウェイは死んだ
――もっと速く!
バックミラーに映るのは瀕死のドラゴン・ハイウェイの白くなってしまった龍鱗舗装と黒いタイヤ跡ばかりだ。壊死がすぐそこまで迫っている。ルリカが知る黄金の龍はもういない。
案内板の下をマイクロバンには相応しくない速度で通り過ぎる。一瞬のことで殆ど判読できなかったが、この先は二股になっているらしい。一か八か、ルリカはハンドルを切った。それがいけなかった。龍の背から逃れきる直前、バンは壊死に呑まれた。閉めきったはずの窓やドアから、酸い死の匂いが浸みてきた。
腐肉を削って空回るタイヤを宥め、涙を零しながらギアを変え、ようやく名も知らぬ街にたどり着いた。その頃にはもう、助手席に置いたチャイルドシートの中で、赤ん坊は龍の死に抱かれていた。あれは弱い生き物から道連れにする。窓を隔ててもサイレンが耳に障る。この街の人々もドラゴン・ハイウェイの死を知ったようだ。
街に名前はなかった。ただ、街の中心には巨大で雑多な教育機関と研究機構があり、住人はそこを指して学園、と呼びならわした。ハイウェイの死によって皆、ここ以外のどこにも行けなくなってしまったが、そもそも学園には農試験場もあれば畜産研究所もあるので食料には事欠かず、加えて映像研究科も演劇科もあるので娯楽にも困らなかった。
そして三年が過ぎた。
「うるせえ! 俺あ法学部だぞ」
醸造科謹製のワインがルリカのシャツをロゼに染める。数学科確率研究所でのことだ。この法学部氏はここで低確率な予想を立て、外し、それに腹を立ててディーリング学生にちょっかいを出した。それでルリカが呼ばれたのだ。スロットマシンもカードゲームも確率研究所の研究材料であって、ここは決して賭場ではない。
「困りましたね」
ルリカは腰に吊った電磁警棒を振り抜いた。シャフトには政治学部治安維持学科貸出の文字が鎮座する。バチバチとプラズマが爆ぜた。これはまだ、威嚇。
【続く】