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日記

世の中、まいにちまいにち、色々なことが起きている。
それと同じように、私も生きている限りは大小さまざまな出来事の連続から逃れることはできない。

その出来事について、
まず、しばらく前に抗うつ薬をちゃんと服薬し始めました。
理由は自分のたまに起きる気まぐれに感じるが、絵をもっと描きたいと思っていた気がする。
元々、一般的な平常時(だと個人的に思っている気分)を最高値だと思っていたくらい、気分の落ち込みは結構な頻度であった。
自分の負担を増やしたくないが為に、以前も書いた気がするが被害妄想をしがちだったし、内心を打ち明けると、お薬を飲むと物事への関心がなくなり、更に絵が描けなくなるとすら思っていた。
副作用で手の震えや不随意運動が起きたら、たまったものではないからだ。

結果として、気分の方は劇的に改善されました。お薬って凄いなあと初めて思った。
この記事のイラストは服薬継続中に描いたので、絵が全然描けなくなるわけではないし、むしろ細部に至っては丁寧に描こうという配慮すらできるようになった点において、非常に良かった。
けれども懸念はあって、何となくぼーっと過ごす時間が増えてしまった。
以前よりも結果的にあまり絵に時間が割けていないこともあるし、
食事睡眠に対して、比較した時にほとんど執着しなくなってしまったので
根源的欲求の欠如によって想像力も衰えていくんじゃないか、と思ってしまっている。
あとは、飲み続けることで起きる可能性のある副作用や、お薬をやめる際の離脱症状とかは怖い。

このまま服薬し続ければ、心の満足度は多分何かしらの活動をしている限り落ち込み過ぎない状態を維持できる気がする。その活動が絵ではなくても。
でも、絵の中にあるいきものや物は私にしか生みだせないものだし、私の思うかわいいいきものたちを失いたくはないので絵は続けたい。描いて集中している時間も好きだ。
お話は多分やろうと思えばできるな~(最初の流れとかは思いつくし)とか思いながらも、Twitterにアップする用…とかで描いたりしていないので実際描けるのかはわからない。

何かがきっかけで、最終的に、絵が描けなくなったらごめんなさい(今日はこれを書きに来た。)

まだ出歩くことや何かをしようと思うことに大変気合を入れる必要はあるけど、
何も用事がない時に散歩が出来て、のらねこを見たり、少し強く感じる日差しを浴びたり、木陰のベンチに座ってぼーっとしたり、お花の香りを感じたり、お子さん連れの家族のどことなく楽しそうな声を聞くことがこんなに幸せで平和に感じられること自体を嬉しく思う。
理想的なコースで言えば、このまま辛くなりすぎない・壁を感じすぎない程度の 外や人との距離・考え方を学んで徐々に減薬することだろうか。

願って望む平和を描くと同時に、今ある心の平和も描けたらいいなあ。

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