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「コタキ兄弟と四苦八苦」で野木さんの凄さを実感した

現在、テレビ東京金曜深夜の「ドラマ24」で放送中の「コタキ兄弟と四苦八苦」(以下、「コタキ兄弟」)が最高のドラマなんで、その話を書きます。

注:本記事はネタバレを含みます

ドラマのイントロダクション

真面目過ぎてうまく生きられない兄と、そんな兄をみて育ったせいか、ちゃらんぽらんにしか生きられなくなった弟。無職の残念な兄弟が、ひょんなことから「レンタルおやじ」を始めることに。依頼内容は、定年退職した夫の様子がおかしい、友達が孤独死しているのではないか、3か月後に世界が終わる…などひとクセある案件ばかり。生きるのが下手な兄弟が、「レンタルおやじ」を通じて孤独な依頼人たちと関わり、様々な無茶ぶりに"四苦八苦"しながらも、どうにか生きていく人間賛歌コメディです。タイトルにもある"四苦八苦"は、元は仏教用語で、人間である限り避けられない8つの苦しみをお釈迦様が教えた言葉。これらに4つの苦しみを新たに加えた、"12苦"がドラマの裏テーマとなっています。(公式HPより)

脚本は、「逃げるは恥だが役に立つ」(TBS、2016年)や「アンナチュラル」(TBS、2018年)、「獣になれない私たち」(日本テレビ、2018年)など、数々の人気ドラマを手掛けた野木亜紀子さん。監督(しかも全話担当)は、映画「リンダリンダリンダ」(2005年)や映画「天然コケッコー」(2007年)などで知られる山下敦弘監督。

兄弟役でW主演を務めるのは、兄役・古舘寛治さんと弟役・滝藤賢一さん。兄の古滝一路(いちろう)は元予備校講師で、現在は無職。趣味も金もない兄の唯一の楽しみは、近所の喫茶シャバダバに通うこと。アルバイトでかわいい看板娘のさっちゃんに話しかけようとするがいつも失敗に終わる。そんなある日、8年前に勘当した弟の古滝二路が突然やってくる。兄は、弟が道中で事故を起こしていたことを知り、慌てて現場に駆けつけると、そこで出会った被害者のムラタという男に、彼が代表を務める「レンタルおやじ」の代理を頼まれて――。
「1時間1,000円」でレンタルされる兄弟が、様々な依頼人を通じて四苦八苦しながらもどうにか生きていく様子を描いたドラマです。

喫茶シャバダバのアルバイト店員で本作ヒロインのさっちゃんを芳根京子さんが、「レンタルおやじ」代表のムラタを宮藤官九郎さんがそれぞれ演じています。さらに、各回ゲストとして、市川実日子さん、岸井ゆきのさん、樋口可南子さん、門脇麦さん、吉沢悠さん、小林薫さんなど、豪華俳優陣も出演しています。

また、オープニングテーマをCreepy Nutsが、エンディングテーマをスターダスト☆レビューが担当しています。

贅沢すぎる……

ドラマの内容云々の前に、スタッフも俳優もアーティストも、僕の大好きな人たちばかりで、ちょっと深夜ドラマにしては豪華すぎるんじゃないかと思うんです。

もともと、映画「リンダリンダリンダ」を観てから山下監督のTwitterをフォローしていて、監督のツイートがきっかけで「コタキ兄弟」を知りました。「監督が山下監督で脚本が野木さん、W主演が古舘さんと滝藤さんなら絶対おもしろいじゃーん☆」と楽しみにしていたら、「ヒロインは芳根京子」と追加で発表されたんです。驚愕と歓喜でした。さらに、どんどん発表される各回のゲスト俳優に、市川実日子さんと門脇麦さんも名を連ねていて、自分がキャスティングしたんじゃないかと勘違いしそうでした。

で、はやくドラマ始まんねーかなーと思っていたら、オープニングテーマをCreepy Nutsが担当すると発表されたんですよ!(新曲「オトナ」)。「Creepy Nutsのオールナイトニッポン0」を聴いていたので、また自分好みの采配じゃん! と驚きました。しかも、「オトナ」が流れるオープニング映像には、R-指定とDJ松永のほかに、主演の古舘・滝藤さんと芳根ちゃんが踊りながら出演するという贅沢。

まだ1話も観ていないのに、満足感たっぷりでした。

「野木脚本」を舐めていた

ドラマを観る前、僕が一番楽しみにしていたのは「山下監督がどんな演出をするんだろう」という点でした。僕は山下監督が演出する女優さんがすごく好きで(もちろん、その女優さん自身の魅力も!)、本作で芳根ちゃんらがどう描かれるのか、さらに、演技派の主演2人もどうなるんだろうというのが最大のワクワクポイントでした。

ハッキリ言って、野木さんの脚本が面白くないわけないんですよ。だから、今回も面白いんだろうなーという、漠然とした期待感しか持っていませんでした。つまり、身構えていなかったんです。(他に気を取られるポイントが多すぎるというのも理由かも……)

実際、前半7話までは、孤独な人と兄弟が「レンタルおやじ」の依頼を通じて関わり、様々なことを感じて考えて、世の中の苦しみに耐えながら生きていくというストーリーが続きます。簡単に言ってしまえば、よくある1話完結型の連ドラです。あ、でも、この7話、めちゃくちゃ面白いですからね。

前半では、兄弟それぞれが持つ苦しみが、俳優・古舘さん、滝藤さんそのままに表現されています。兄は、真面目過ぎて生徒からの評判が悪く予備校講師を辞めるんですが、兄自身は「休職中」だと言い張ります。婚活がうまくいかなかったり、エゴサーチをして自分の悪口を見ては悶え苦しむ姿をみると、同情したくなるんですが、何周りも年下のさっちゃん目当てに毎日喫茶店に来るところや、普段の口調などからは「あーこりゃ結婚できねーわな」とも思うんです。正直、予備校生徒の気持ちもわかる……。

一方で弟は「専業主夫」なので、これもまた無職でもある。ちゃらんぽらんもいいところ。よれよれの服をきて「ニカッ」て笑う。愛されおやじかなーとも思いきや、余計な一言とか、周りへの配慮に欠ける……。恋愛をしたいのなら絶対弟の方なんですが、視聴者の中に必ずある「兄の部分」が、弟を手放しで好きになれない。でも楽しそうに生きていて、少し羨ましい。さっちゃんとも仲良くやっているし。

そんな兄弟が、一度は別々に暮らし、そしてまた一緒に暮らすようになったのか。その背景には、家族の存在があります。

まず、弟が、なぜ自分を勘当した兄のもとへ転がり込んだかというと、妻に離婚を言い渡されたからです。弟の妻は小学校の教師で、専業主夫の夫とだんだんすれ違うように。でも、まだこの二人、お互いのこと絶対好きなんですよ。結局、留学から突然帰国したこの夫婦の一人娘の依頼や他のある依頼により、だんだん関係は修復していきます。

もう一つ。なぜ、兄は弟を勘当したのか。兄弟の父は、浮気性だった「クズ親父」で常に母を悲しませていました。母が息を引き取るときも父は病院に来なかった。そして、父に似ている弟も。兄と弟はすれ違い、結果的に兄は弟を勘当したのです。

そして、8話「八、五蘊盛苦」。7話のラストでは「レンタル兄弟おやじとさっちゃんが入れ替わる!?」と、どこかで見たことのある展開の予告編が流れました。それまで、そんなファンタジックな話はなかったので、多分「夢オチ」だと僕を含め多くの視聴者は思ったでしょう。でも、「野木さんが書く夢オチってどんなんだろう✨」と1週間、楽しみにしていました。

これがいけなかった。僕は「野木脚本」を舐めていました

注:ここからは特に重要なネタバレになるので、最初から観る人は読まないことをおすすめします

ドラマには「三河屋」という業者が登場しているんですが、この業者、近所で悪徳商売をしかけている連中なんです。8話では、喫茶シャバダバの店長のおじいちゃんにも、注文していない大量の増えるわかめを売りつけてきます。おじいちゃんは騙されてしまい、アルバイトのさっちゃんは悔しがります。そして、さっちゃんはこう言います。

「もし私が筋骨隆々の男だったら、三河屋にナメたことされないはず」

翌日、事件が起こります。突然、兄弟の中身が入れ替わってしまいました。3人は入れ替わりの原因が、近所のY字路でみた流れ星だということに気が付きます。さっそく、3人はY字路へ。このY字路、左に行くと喫茶シャバダバ、右に行くと古滝家があります。さっちゃんは、幼い頃に亡くなった船乗りで大好きな父親に「右の道は行ってはいけない」と言われていました。

すると空には流れ星が。

今度はさっちゃんも巻き込んで中身が入れ替わります。兄・一路の身体になったさっちゃんは、近くにいた三河屋を追いかけます。今度は男の身体なので舐められません。しかし、息切れするわ、肩が上がらないわで逃げられてしまいます。すると再びY字路の前へ。また流れ星が流れ、さっちゃんは弟・ニ路の身体になりました。一路よりは身体が軽く、今度こそ三河屋を捕まえられると思ったさっちゃんですが、元来の逃げ癖がついた弟の身体は、さっちゃんの意志に反して逃げてしまいます。(ここでの俳優陣の「入れ替わり演技」は本当に凄い)

するとまたY字路で、さっちゃんは流れ星を見ています。ムラタさんの横で。

さっちゃんは呟きます。

「私が男で強かったら、苦しいことも全部、解決するのかな。でもホント言うと、男になりたいわけじゃない。女の身体で女の人を好きっていうだけ」

さっちゃんは同性愛者でした。さっちゃんは「女であるが故の苦しみ」を人一倍感じて生きてきたんだと思います。「レンタルおやじ」も「おやじ」つまり男性だから成り立つ仕事。男だったらできたことが世の中にはたくさんある。でも、男になれたかといて、全てが解決するわけでもない。この苦しみを抱えながら歩いていくしかない。それまで見せなかった葛藤が存在していたことを、視聴者は思い知らされます。

さっちゃんはそれまで、喫茶シャバダバで働く前は恋人と同棲していたと明かしています。しかし、兄弟も含め視聴者の多くは、その恋人が男性であると勝手に思い込んでいました。さっちゃんはあくまでも「恋人」としか言っていません。「彼氏」とは言っていません。「女性の恋人は男性」という思い込みが我々にあったのです。

僕も例にもれず、さっちゃんの元カレはどんなイケメンなんだろうか、今後登場するのだろうか、そんなことを思いながら観ていました。昔よりはジェンダーに対する理解は広がってきました。僕もそれなりに理解しているつもりでした。しかし、野木さんの脚本は、「まだまだ当事者は苦しんでいる」ということを優しく気づかせてくれたようでした

横にいたムラタさんは「五蘊盛苦」について救いの言葉をかけてあげます。仏教用語で「肉体と精神が思うがままにならない苦しみ」という意味。

気が付くとさっちゃんは喫茶シャバダバで突っ伏して寝ていました。そう夢だったのです。でもこの時点で、野木さんの脚本に感嘆の溜息をもらしていたので、この話が夢かどうかはどうでもよかったんです。

実はさっちゃん、喫茶シャバダバでアルバイトを始めたのは、大好きな父との思い出の店だからなんです。恋人と別れた日、Y字路の左の道に進んで、偶然喫茶シャバダバを見つけ、ノリでバイト募集に応募したんです。7話までで、さっちゃんはやり手のアルバイトととして描かれていました。業績が良くなれば、いずれ自分の店になるだろうという「乗っ取り計画」をさらっと告白したことも。でもそれは、大好きな父との思い出の店だからだったんです。

でもさっちゃんは一度だけ、父に「行ってはならない」と教えられていた右の道に進んだことがあります。まだ幼い頃でした。

(回想シーン)
幼いさっちゃんは知らない道で迷子になり、2人のおじさんに声を掛けられます。顔は見えません。船乗りの父が言った「全ての道はローマに通ず」という言葉を頼りに、さっちゃんはローマを探していました。その話を聞いた2人のおじさんは、タヌキの置物に「ローマ」と書いてあげます。「よかったな、見つかって」そう言ったおじさんと一緒にさっちゃんは笑います。

さっちゃんが夢を見ていた日の夜、古滝家の倉庫が映され、そこには、ローマと書かれたホコリのかぶったタヌキの置物が置かれていました。

つまり、兄弟とさっちゃんはずっと昔から関わりがあったことがわかったんです。

身構えていなかった分、最終回を前にして、この「コタキ兄弟」で野木さんの脚本の凄さを実感しました。本格ミステリーでも、ジェンダーを題材にした社会派ドラマでもないけど、そういった要素をさらっと織り込ませ、心地よく視聴者を裏切り、ものすごく深みのある人間ドラマに仕上がっている「コタキ兄弟」。9話以降も、次々と兄弟やさっちゃんの秘密が明かされていきます。そのキーポイントとなった8話は、この「コタキ兄弟」で野木さんの脚本の凄さを特に実感しました。

(個人的には、昨年末から「いだてん最高じゃんねぇ」が頭から離れない僕にとって、クドカンが久しぶりにお芝居しているのも見所)

本記事では8話を取り上げましたが、最終回に向けてドラマの密度は濃くなり、展開も素晴らしいものになっています。俳優さんたちの演技にもどんどん引き込まれます。また、回を重ねるごとに"12苦"やオープニング・エンディングテーマの歌詞が心に沁みてきます。

ひかりTVやParaviでは1話から観れるので、是非!

【追記】
「コタキ兄弟と四苦八苦」が2020年度3月度のギャラクシー賞月間賞を受賞したそうです!

さっちゃーーーーん!



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