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「あの人の作風に似ている」と言われたオタクは、過疎ジャンル字書きのイタコになった

「ひょっとして○○のジャンルにいらっしゃったAさんですか?違ったらすみません。」

まだ個人の二次創作ファンサイトが盛んだったころの話。私のサイトに突然、一通のメールが届いた。

匿名の、ごく短いメール。

○○はかつてそれなりに人気のあった少年漫画だが、私は一度も読んだことが無かった。無論、Aでもない。つまり私にはまるで心当たりがなかった。

「メッセージありがとうございます。すみませんが、○○は全く通ったことがないジャンルなので人違いのようです。サイトを閉鎖されてしまった方でしょうか?いつか本当のAさんにお会いできるといいですね。」

何て空虚なメッセージ。一瞬、送信ボタンを押すのをためらう。

おそらく、Aさんは突然サイトを閉鎖してしまったのだろう。だとしたら、メールの送り主がAさんと再び巡り合うことはもはや奇跡に等しい。

現代でも、Twitterアカウントを突然消すオタクがたまにいる。が、消されたTwitterアカウントの足跡をたどるのと消された個人サイトの足跡をたどるのとでは訳が違う。TwitterをはじめとしたSNSは簡単につながれる分簡単につながりも切れてしまいがちだが、つながる分母が多い分、仲の良かったオタク達のフォロワーをたどっていけば別ジャンルで活躍しているのを見つけ出せる可能性もまあ無くは無い。

一方で、個人サイトは仲のいい管理人同士のつながりは堅かったかもしれないが、その交流はかなり閉鎖的で、一介の訪問者がたどれるようなものではなかった。

部外者が突然消されたサイトの管理人に再び巡り合うことは、突然消されたTwitterアカウントのオタクに巡り合うこと以上に難しかったのだ。

同人誌を作っているタイプのオタクなら、購入した同人誌の奥付に連絡先が記載されていることも多いのでワンチャンあるが、同人誌を作らないタイプのオタクだったならさらに難易度は爆上がりする。

メッセージの送り主からは間もなく返信があった。

私の予想は大方あっていた。閉鎖された○○のファンサイトを運営してた管理人Aさんの大ファンだったが、突然サイトが閉鎖されたっきり、どこで活動していらっしゃるのか、まだ同人活動をしているのかも分からない、と。

ただ一つ意外だったのは、そのサイトはもう閉鎖されてから5年以上経つのだという。いいかげん諦めていたところ、最近気になり始めたジャンルのサイトを見て回っていたら私のところへたどり着いたのだ。

○○とはかすりもしないジャンル。でも、私の二次創作小説が、かつて探し回ったAさんの作風に酷似していたという。言葉選びが。好むシチュエーションが。ストーリーの展開の仕方が。とにかくもうすべてが。人違いとはどうしても思えなくて、たまらず連絡してしまったということだった。

まあ結局、清々しいほどに全くの人違いではあった。正直、よく知らない人に「作風が似ている」と言われるのはいい気分がしなかった。でも、切々としか言いようのない文面を目で追いながら、私はなんだか、Aさんがうらやましくて仕方なくなった。

5年。そんなに長い間、新たな作品を生み出していない一介の同人作家が、思われ続けているのだ。

「ものすごく図々しいことをお願いしているのは承知なのですが、私がキリ番を踏めたら○○の小説を書いていただけませんか?」

だから、今思えばなかなか無茶なお願いも承諾してしまった。

一日に十数人しか来ないサイトだったので、キリ番を狙うのは簡単でも次のキリ番がやってくるのを待つのは割と骨だったことだろう。1ヶ月後、8,888ヒットをカウンターが記録してのち、改めてリクエストのメールを受け取った。

「○○のB×Cというカップリングでお願いします。」

ここにきてふと、もしかするとこの人は、いまだに私が本当は正しくAであるのに、事情があって名乗れずにいるだけなのだと信じたがっているのでは、と思った。

不安が止まなくなる。何が正解なのか分からない。分からないのだがやらずにはおれず、気が付けば○○の単行本全巻をコミックレンタルショップに借りに走っていた。

Bは主人公のライバルキャラだったが、Cは物語の折り返しになってようやく登場し、10話くらいで死ぬキャラクターだった。これは多分、多分だし本当に失礼なことを言うんだけど、B×CはAさん以外に創作していた人のいないカップリングだったんじゃないだろうかと思った。

そして絶望的に、BにもCにも私の琴線がピクリとも反応しなかった。Aさんと私は作風は酷似していたのかもしれないが、趣味はかすりもしないようだった。

私に似た文章を書く、しかし私とは全く趣味の合わない人。その人を想起させるように書く、全く興味のないキャラクターの二次創作。いま、私はAさんのオタク魂を降ろしたイタコなのだ。非常に重いものを背負わされているような責任感。一方で、とんでもない空虚を感じずにはいられなかった。

思い知るからだ。全く知らないストーリーをなぞるたびに。全く琴線に触れないキャラクターについて真剣に思いを馳せる度に。いつもだったらやらないくらい、しつこく自分の書いた文章を読み返すたびに。

私は今、「私」として創作することを求められてはいないのだと。

気づけば、たった3000文字の小説に1ヵ月もの時間をかけていた。

「B×Cの小説完成しました。すみません、私のサイトはよろずジャンルではないので表には置けず…メールで直接お渡しします。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。」

少しでも楽しんでいただけたら、などと書きつつ、私はもう、メールの人に関わりたくなかった。

読んだらきっと気づいてしまうだろう。私がAさんの偽物だということを。求めているAさんはここにいないのだということを。私がこの人の求めるような人間ではないことを。

送ってからそう経たないうちに、新着メールの通知がきた。律儀な人だ。偽物の私にかけたい言葉など今さらないだろうに。お礼という名のこれっきりの挨拶を送ってきてくれたのだろう。最初のように、一言っきり───


「小説読みました!!!!!!!!!!!!!!!!1!!!!!!11
ちょっと、あの、興奮がヤバくて読んでる途中でPCモニタたたき割りそうになっちゃってくぁwせdrftgyふじこlp;@:
Cきゅんの格好を素直に誉めることができないBがお風呂で心の声駄々洩れになるところとかほんと解釈一致すぎますうぅぅぅ
あと最後のCきゅんの誘い受け展開ドチャシコすぎて…この翌朝Cきゅんはお布団から起き上がることできなくて、代わりに普段料理とかしないBが慣れない手つきでCきゅんの見よう見まねでコーヒー淹れてベッドに持ってきてくれるんですね分かりますそれでそのあとコーヒーが苦くて熱くて飲めないCきゅんのかわりにBが直接ry」

一旦メールを閉じる。

差出人を確認する。私にAさんの代わりで○○の二次創作を依頼した、あの人に違いない。

再び開くと、まだまだ続く感想と共感と考察と解釈が、会員登録の利用規約くらい長く長くとんでもないテンションで書き連ねられていた。

思わず身をのけぞらせ、椅子に沈み込む。回転椅子がそのままぐるんぐるんと2回転するのに任せ、私は「なんだよ~~~~~~~~~」と間抜けな声を上げて天井を仰いだ。

メールの人は、確かにAさんを探していた。でも、この人が求めていたのは「Aさんの文章」だけではない。5年間もの間、「大好きなジャンルの新たな供給」を求めていたのだ。

それは虚しくもあるし、救いでもある。この人にとっても。私にとっても。あらゆるオタクにとっても。


その後、メールの人がどうしたか分からないし、私は無論○○の二次創作はふたたび行うことも無かった。

でも、折に触れてこのことを思い出す。

思い出すたび、あの人の、私の、そしてオタクという生き物の悲哀としぶとさを感じて、ちょっと笑ってしまう。

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