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【写真嫌い】な元少年とビール越しの写真【#また乾杯しよう】

写真を撮られるのが嫌いだった。

中学の頃の誰にでもある反抗期、家族と一緒にいるのも嫌だったし写真を撮られるのも嫌いだった。

カメラを取り出すと不機嫌になる息子を見て、いつの間にか両親もカメラをだすこともやめた。

家族との関係は自然に穏やかに元へ戻っていったのだけれども、どういうわけか写真を撮られることに対する苦手意識は残った。
大学に行ってからもそれは変わらず、ゼミやらサークルやらで写真を撮る時も、なるべくそれを避けていた。
ここまでくると病気じゃないかと思う。

小人数での写真はもちろん、集合写真ですらあまり気が乗らなかった。

とは言えあからさまに嫌がることもできず、写真を撮る側に回ったり、そっぽを向いたり、とにかく写真の中の主題となることを避けて過ごした。

「こりゃ、一生治らんな」と思春期に刺さり、抜け落ち損ねたトゲについて、僕はそれの治療をあきらめその内考えることもやめた。

ビールとスマホと遠い記憶と

その夜の肴は、僕が買った最新のスマートホンについてだった。

就職して、配属と共に大阪支店に転勤になった僕は、ハードな仕事や生活の変化に翻弄をされつつもそこで5年ほどの時間を過ごしていた。
仕事は順風満帆とまではいかずとも、何とかお客さんにも慣れて、慕ってくれる後輩もできていた。

本社に比べて小規模な支店はアットホームな雰囲気で、地元の関東から一人身で放り込まれた若手社員たちは総じて仲が良く、週2,3回は飲みに行く。

その日もビールを人数分頼んで早速乾杯。
上司の愚痴を一通り話し、話題は僕の買った最新式のスマホの話になった。僕の会社は電機業界の端っこを担うような会社であったので、皆新しい機器には興味があるのだ。

そこそこ高いスマホだったので、それらの機能のすばらしさや、店頭で1時間近く吟味したこと、最終的にかわいい店員さんに勧められたので買ったというようなしょうもない話をしていると、後輩の一人が見せてくれというのでそれを渡す。

その後輩はしばらく筐体を見てみたり、画面をスワイプしたりすると、こちら側にスマホを向け2枚立て続けに写真を撮った。
デフォオルトのシャッター音が滑稽に響いた。

「何撮ってんだよー」
少しむっとはしたものの、自分の写真嫌いに慣れきっていた僕は、雰囲気が崩れない程度に抗議する。

「カメラの性能がいいと聞いたので。室内でもやっぱり綺麗ですね」
そんな僕の気も知らず後輩はどこ吹く風といった感じで、撮った写真を僕に見せる。

僕はそれを受け取り、撮られた写真を見る。
控えめに言ってそれは、とてもいい写真であった。

ビールジョッキを口元に運びながら、横の同僚と歯を見せて笑い合っている。飲んでいるとき自分がこんな表情をしてたなんて、はじめて知った。

いつものメンバーで店に行き、ビールを人数分頼んで流れで乾杯。
会社の愚痴やらネットで見たニュースやネタの話題をけらけら話す。
そんな何気ないことが僕らを日々のごたごたから引き離しほっとリラックスさせていたし、間違いなくそこには僕がいて、それがどれほど僕にとって大切な時間なのかを思い知った。

改めて、自分の写真を見て、もう取れることがないと思っていたトゲがぽろっと落ちるのを感じた。
思い起こせば多分、中学の頃親に写真を撮られるという行為自体も嫌いだったのだが、それ以上に思い描いている自分と違う自分がそこに在ることが嫌だったのであろうことを思い出した。

大きなマイナスもないけど、何かとびぬけた才があるとも思えない自分の姿を見ることに嫌気がさして、そんなちっぽけな、ただ尊大な自尊心を抱えた中学生を絶望させるには十分な理由で、僕は写真を撮られることをあきらめてしまったのである。

「いや、まぁ、確かに画質はいいな」
その時僕は、たしかそんなことを言いながら、その後輩を写真に撮った。

乾杯の距離の概算

あのころから10年以上は経って、その後輩は中国に異動となり、僕は本社勤務となった。
それでも、毎年1,2回は後輩と会っている。
同じ釜の飯は食べてないけれども、同じ樽のビールを飲んだ仲は強く、それが数十樽にも及べばそれはそれはとても強いものなのだ。

ただ、今年は長く会えていない。時間やお金や交通が人々が会うことを妨げるのはよく知っていたが、それ以外にも人を分かつ可能性があることを僕らは思い知った。

もちろんPC画面越しに話したり、その時缶ビールを飲んだりはするが、どうもしっくりこない。
やはり乾杯してジョッキをぶつけ合う距離でないとダメなのだ。
やれやれ、その日を楽しみに、いつ収束するかわからないそれをやり過ごすしかないのだろう。

今、乾杯できるまでの距離の概算は一向に立たないが、乾杯する時の距離の概算を僕らは知っている。

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