書評 村井吉敬『エビと日本人』

2021年度「サギタリウス・レビュー 現代社会学部書評大賞」(京都産業大学)

図書部門 大賞作品

「エビから世界を考える」

日置七緒 (現代社会学部・現代社会学科 2年次)

作品情報:村井吉敬『エビと日本人』(岩波新書、1988)

 あなたはエビが好きだろうか?たとえ好きでないという人でも、日本に住んでいれば、今までに一度もエビを食べたことが無いという人はほぼいないだろう。

 では、別の質問をしてみる。それらのエビはどこで、誰が獲ったものだろうか?この質問に対して、正確に答えられる人はほとんどいないだろう。私も全く分からなかったし、考えたこともなかった。せいぜい、日本のどこかで漁師が獲ったものだろうという考えしか浮かばなかった。

 この本では、私たちの生活の中に当たり前に存在する「エビ」に注目し、アジアの国々と日本との関係性を探っていく。作中では、エビの輸入を取り巻く様々な事柄が、非常に詳細に書かれている。特に現地の人の話を聞く部分では、筆者の見聞きしたことが臨場感たっぷりに書かれており、まるで調査の追体験をしているような気分になれる。

 少しだが、私自身が印象に残った部分を紹介しようと思う。作中では、「トロール船」についての話が度々登場する。「トロール船」とは、底引き網の一種である「トロール網」を使う漁船のことである。以下に「トロール船」に関する内容について、引用する。

 「『エビは、ここではもともと投網で獲ってたんですよ。食べるに必要な分だから、大した量ではありません。……トロール?そりゃ困ったもんだ。ナマコや白蝶貝やアガルアガルだって、みんな底ざらいしてしまうからね。投網や素潜りじゃ負けてしまいますよ……。〈後略〉』」

 作中に登場するバラタンという部落の村長の言葉であるが、私はこの言葉から、悲しみや怒りを通り越した一種のあきらめのようなものを感じた。自分たちの生活を支えるものが奪い取られているにも関わらず、その状況をあきらめなくてはならない人々がいること、そして、知らず知らずのうちに、私自身も加担しているということに初めて気がついた。

 もう1つは、私が作中で最も衝撃を受けた部分である。

 「海底を荒らすというオッタ―ボードの使用を日本の沿岸では許可せず、外国の海で使っているのである。」

 「オッタ―ボード」とは、トロール船に使われる漁具のことである。つまり、日本近郊では、海底を荒らす可能性のあるトロール漁を禁止しているにもかかわらず、外国の海では、日本人が食べるエビを獲るために、トロール漁を大々的に行っているということである。一見、読み流しそうになる文章かもしれないが、私は大きなショックを受けた。普段、私が喜んで食べているエビが、そこに住む人々の生活を壊しているかもしれないということ、そして何よりも、自国の海は保護するが、外国の海は傷つけても良いという卑怯な漁業をしているということがショックだった。さらに言えば、このような漁業が行われていることを全く知らなかったこともショックだった。

 他にも、エビを取り巻く様々な問題が挙げられている。エビを獲るために大量の石油が消費されていること、エビを育むマングローブ林がエビの養殖のために伐採されていること、さらには、エビが私たちの食卓に届くまでに、幾度も集買が行われており、末端の漁民にはほとんど利益がないことなどである。これらは、SDGsを掲げる現代社会で、無視することのできない問題ではなかろうか。

 正直、この本は難しい。様々なデータや日常生活では聞き慣れない言葉が多数出てくるからだ。漁業や東南アジア、そしてエビ自体に関して、一定以上の知識が無ければ一度に理解することはできないだろう。更に言えば、この本が出版されたのは30年以上前のことである。輸入量など、当時から変化している部分も少なくはない。

 しかし、読み進めるうちに、先に挙げた問題など、現在、未来においても、真剣に考えるべき部分がいくつもあった。この本の面白いところは、「エビ」を取り巻く非常に複雑な状況が、一方からの視点ではなく、多角的に記されているところにあると思う。そのため、読む人によって捉え方が変わってくる。難しいとは言ったが、筆者は私たちに考える余裕を持たせつつも、今ある問題に気付かせるために、数多くの道標を置いてくれていた。私は、筆者は答えを読者に伝えるというよりも、私たちに考えて欲しいという主張をしているように感じた。データは変化しても、筆者の主張は全くもって色褪せていなかった。それは、筆者が「エビ」について考えて欲しいのではなく、「エビ」の問題を通じて、私たちに考えて欲しいからではないだろうか。私たちの生活が遠い異国の生活と繋がっていること、お互いに影響を与え合っていること、そしてそれが本当に正しいのか、など考えるべきことは沢山ある。古い本ではあるが、SDGsといった、世界的な問題を解決しようという動きがある今こそ、そして今後将来を担っていく私たち学生こそ、この本から受け取れることは多いのかもしれない。

 「私たちの生活がどれほど周囲に影響を与え合っているかを知り、普段当たり前に使っているもの、食べているものの裏に何があるのか、なぜ当たり前に存在するのかを今一度考えてみる必要があるのではなかろうか」というのが、私が筆者から受け取った大きなメッセージである。まさに今、世界中で考えるべき問題ではなかろうか。

<審査員コメント>
内容がまとまっており、自分の言葉で書かれている。 この本を知らない人に向けて書かれている。出版年が古い本だが、「今」読む価値をこの書評を通して感じることができる。

©現代社会学部書評コンテスト実行委員会