親子で読みたい相続入門の入門【後編】

第四章 遺産相続のこわいはなし


1 遺産相続がもめやすいのはどのタイミング?

母の納骨も終わり、田中幸雄はホッとしていた。同居していた母が未だに亡くなったという実感はまったくなかったのだが。

父は既に3年前に他界していた。二言目には「田中家では」と言い出す頑固なオヤジだった。

その時は、親父の思いを実現するため「自宅だけは母が相続し、他の財産の大半は長男が、弟の義雄には300万円を相続させたい」という母の申し出に、弟は素直に従った。

義雄も私に会う度に「兄貴、お袋の面倒を見てくれてありがとう」という感謝の言葉をかけてくれていた。

世間で言う遺産相続争いはうちには無縁のようだ。

「兄貴、いままでお疲れ様」義雄が酒をついでくれる。

(さすがに自宅を自分が相続するからには、ある程度の現金を義雄に渡さないといけないだろうな。)

「私が亡くなった後も兄弟仲良くしてね」
母の言葉が頭をよぎった。

(母の医療費でほとんど現金は使い果たしたが、オヤジの時と同じ300万円位は何とか用立てよう)

そう決心した俺はゆっくりと口を開いた。

「なあ、義雄。俺は田中家の長男だ。オヤジもあの家は俺に相続して欲しいと願っていたはずだ。悪いがあの家は俺に相続させてくれないか」

義雄は、だまってうなずいていた。

「ただ、さすがにそれではお袋の財産をすべて俺が相続することになってしまう。少なくて悪いが、何とか300万円はお前のために用立てようと思っているんだが。」

今まで黙ってうなずいていた義雄の動きが急に止まった。

「兄ちゃんそれはないだろう。あの家だけで3,000万円はするはずだ。その半分だとしても1,500万円、それをたった300万円の分け前だけで全部相続しようと言うのはあまりに虫が良すぎるぜ」

全く予想していなかった義雄の言葉に、幸雄はうろたえた。

「お袋の入院代でもうカネは使い果たしているんだ。こっちは、300万円を用立てるだけだって大変なんだぞ!」
「それにオヤジの時には、その金額で納得していたじゃないか」

そんな俺に追い打ちをかけるよう義雄はこう続けたのだ。

「何を言っているんだよ。あのときはお袋の顔を立ててあの程度の現金で済ませただけだ。」
「今回はそうはいかないぜ。」

* * *

相続には一次相続・二次相続と言う言葉があります。

両親のうち一人目が亡くなったときが一次相続、その後もう一人の両親が亡くなったときを二次相続と言うわけです。

通常は、財産の世代移転が完了するには この一次相続・二次相続の両方を経験しなくてはならないのです。

では、一次相続と二次相続で遺産分割がもめやすいのはどちらでしょうか?
私の経験からすると圧倒的に二次相続の方がもめるリスクが高いと言えます。

原因は、二つあります。

ひとつは、一次相続で仮にお父さんがなくなられた場合、「かすがい」となるお母さんがいるため、相続人もお母さんの手前あまり強い自己主張はせず、お母さんの意思を尊重してくれるケースが多いからです。

ところが、二次相続の場合には、その「かすがい」であるお母さんも亡くなられているため、兄弟は完全なフラットな関係になり、調整役がいないことになります。

そのため、「別にこれを機会に兄弟の縁を切ってもかまわない」と言う強い姿勢で自己主張をしてくる場合が多いのです。

もうひとつの理由は、一次相続の方が二次相続よりもバランスをとるような財産が多いということです。

これは、一次相続では分けにくい自宅の他に現預金などの財産があり、「母は自宅、それ以外の人は現預金を相続する」という遺産分割で相続人のバランスをとることができる例が多いのです。

しかし、二次相続時には 「既にそれらの現預金は分け与えてしまい、分けにくい自宅だけが残る」言う場合が多くなりがちです。

そのため二次相続の方が一次相続よりももめるケースが多いということです。

<ポイント>一次相続でもめなかったからといって、二次相続がうまくいくとは限らない。

2 チョット待て、親の余計なひとことが相続のトラブルを引き起こす。

「かあさん、今日はもう一杯作ってくれ」

石田達也は糖尿病を気にして酒の量を控えていたのだが、大口の取引が決まった上に、娘・梨花が孫を連れて久々に遊びに来たので上機嫌だった。

少し飲み過ぎたのだろうか。普段は無口な達也が娘にこういったのだ。

「家も会社も長男の隆男にやるつもりだ。だけど心配するな。ちゃんとお前にだってお前名義の預金を2,000万円残してあるからな。」
「おっと、お前にこのことをいったことは、母さんには内緒だぞ」

その後、達也の糖尿病は急速に悪化した。ワンマン社長である達也の病状悪化つれて、会社の業績も急速に悪化していったのだ。加えて長期の療養に治療費がかさんだ。

3年後に達也が他界したときには、あれほどあった現預金は底をつき、妻の実家から援助を受けるまでになっていたのである。

達也の葬儀が終わった後、隆男は涙を浮かべながら絞り出すような声でつぶやいた。

「あの会社は、オヤジの力で持っていたようなものだ。私が引き継ぐことはできないよ。」
「オヤジの生前、税理士に調べてもらったら、今会社を止めるとオヤジの遺産は、資産よりも負債の方が多くなるらしい。」
「そこで、私は相続放棄をしようと思うのだけど、姉さんはどうする?」

お嬢様育ちの梨花は、会社がそこまで火の車であったことにビックリしたようである。

しかし、オヤジの借金を背負うつもりは全くないようだ。

「それじゃ、私も相続放棄をしようと思う。手続きは隆男ちゃんにまかせるわ」

隆男には予想通りのことばだった。ただ一つを除いては。

「でも、パパが私の名前で残してくれた2,000万円だけは私のお金ですからね。」

* * *

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