見出し画像

踊るカメラマン

まだまだ予断は許しませんが、一部の地域ではやっと自粛解除の兆しが見え始めてきましたね。

さて今回は「踊るカメラマン」について書きたいと思います。

いつから私が「踊るカメラマン」と呼ばれるようになったのかは、はっきり覚えていないのですが、初めて総踊りを踊ったのは確か2016年ごろの守口のイベントだったと思います。

たぶん大阪の知っているチームさんが多かったので楽しそうだったのと、それまで写真の方がスランプだったのが、その日はそこそこ撮れた感があって、気分がアゲアゲだったんだと思います。
イベント最後のうらじゃ音頭に飛び入りして、手をつないで踊った時の楽しさとドキドキ感は今でも覚えています。

うらじゃ音頭はご存じ岡山の総踊り曲ですが、簡単で覚えやすく、また最後は輪になって手をつないで踊るというところが、盆踊り的かつフォークダンス的でとっつきやすく、老若男女関係なく楽しめるという神曲だと思います。

2019年 大阪経済大学 蒼乱よさこいフェスタ
踊り子さん、観客の皆さんが入り混じっての「うらじゃ音頭」


そして、いったん踊ると二回目以降はあまり抵抗感がなくなりました。

夏にはご存じ「こいや祭り」の総踊り曲「エビバディこいや」で公式カメラマンなのに大暴れしてみたり・・・
2017年のバサカニでは、やいろさんの「この地へ」に飛び入りしたり・・・

画像1

雪降る瑞浪で踊った「この地へ」


そして踊ってみると、色んな事に気づきます。

まずはカメラマンの構えているレンズ!
予想はしていましたが、かなりの威圧感!
それと思ったより「あ、今撮られてる!」というのも、はっきり分かります。

あとは自分の踊りのズレ・・・
「この地へ」の時に凄く感じたのですが、「あ、遅れた」とか「前の人の列から外れてしまってる・・・」とかは、余裕がないながらも結構はっきりと分かりました。

もちろん、私以外にもカメラマンから踊り子さんになった方や旗士になった方など、色んな方がいらっしゃいますが、やっぱり一度、逆の立場に立って経験してみることは大事ですね。

さて最後に踊ったのは、1月の大東よさこい。
みんなで踊った「SOUL OF FIRE」はめちゃくちゃ楽しかった!

1回しか踊らないと思って油断して呑んでたら、まさかのもう一回というハプニングもあったが、足がつりそうになりながらも、踊り子さん、観客の皆さんと一体になって盛り上がった記憶はいまだ新しい・・・

2020年1月の大東よさこい 壱心婆娑羅座「楽宴」さんの「SOUL OF FIRE」に飛び入り


またこうやって盛り上がれる日が一日も早く来てほしい。
そして、踊り子さんもカメラマンさんも一体となって盛り上がれるお祭りを目指して、これからも踊っていきたい・・・

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?