9週目で流産した話(前編)

 妊娠中、そわそわして妊娠情報の検索ばかりしていた。そこで実感したのは、身元もソースも怪しい情報サイトよりも、経験者のブログの方が、イメージもわきやすくリアルで読みがいがあるということだ。
 というわけで、私も自分の妊娠・流産体験を記録し、後続の妊婦のネットサーフィンに貢献しようと思う。
 

1-0.妊活

 某年6月に結婚式を終え、夏の繁忙期も乗り越えて、そろそろ子どものことを考えよう、と夫と話し合った。まずは、ピルを飲むのをやめることにした。ピル処方時に、産婦人科の先生にあらかじめ相談していたところによると、「ピルをやめてから、1回自然な生理がくるのを見送って、それから妊活を」とのことだった。8月末の休薬後、服薬を再開せず待つことひと月半、10月中旬に無事生理が来たので、妊活に入った。

1-1.つわりかもしれない

 11月中旬、夜行バスから帰宅する電車の中で突然、お腹が差し込むように痛くなって、脳貧血を起こして車内でしゃがみこんでしまった。夜行バスの寝不足で体調がおかしくなっているのだろうと思ったが、今思うと最初のつわりだったのかもしれない。その後くらいから、とにかくお腹を下す日が続いた。だるい。食前食後によらず、胃がむかむかする。妊活中の自覚はあったので、薬は飲まずに不快感をやりすごしていた。

 うっすら「これはつわりかも」という気持ちが強まってきた。ピルを中止した次の生理が45日だったので、次に来るべき日が予測できず確信が持てないでいた。
 もどかしさを抱えた私がとった行動は「妊活相談での産婦人科受診」だった。
「妊活を始めようと思って、どうすればいいのか相談したくて…」
と医師に話すと、先生は私の見せた基礎体温表の『36.48℃→36.68℃』の箇所を指して、
「ここが排卵日だね。」
ときっぱり言った。私には基礎体温ジグザグの誤差範囲に見えたが、ピルを止めた直後に「つわりかも!」と騒ぐ残念な女になりたくない変なプライドが邪魔をして、つわりの予感については言い出せないまま説明を聞いた。
「2~3日で生理がくるはず。今から2週間来なかったら妊娠検査しよう。生理が来たら、血液検査をしましょう。」
とテキパキ流れを決められ、再診料380円を払って帰った。
 本当は「まだ生理来てない?もう妊娠してるかもね。一回検査してみようか。」と言ってほしかった…。2週間の保留を言い渡され、もやもやした気持ちでクリニックから帰った。

1-2.妊娠発覚

 産婦人科受診後の週末は、友人と食事に行った。気のおけない友人だ。体調の話になり、ポロっと
「最近調子わるくって。つわりかも(笑)」
なんて話してしまうほどに。口に出すと現実味が増す。私の中の「その気」はどんどん加速していった。
 帰宅し、「今日はありがとう、体調(つわり?)お大事に!」などと連絡をもらうと、いてもたってもいられず、とうとう買っておいた妊娠検査薬に手を伸ばした。

 1分くらいは待つもの、と思っていたのに、一瞬だった。サアッと判定窓に線が入った。結果が出るまでドキドキ待つつもりでいたのに面食らってしまった。おかげでなぜか、妊娠したというのに、拍子抜けしている自分がいた。ちなみに帰宅した夫は「おめでとう。ありがとう。これから頑張ろう。」と教科書通りのセリフを言ってくれた。(彼は筋金入りの理系男子なのだ。それは別に良い。)

1-3.産婦人科通院

 さっそく産婦人科に再受診した。前回から1週間も経っていない。当然、受付でけげんな顔をされたが、カウンター上の受診目的リストの中に”検査薬で陽性が出た”の項目があったので、指で示すだけで細かく説明せずに済んだ。
 まず尿検査で妊娠を確認し、医師には「妊娠、しましたね」と苦笑された。その後、エコーを入れて胎児の確認。あまりに初期過ぎたらしく、袋しか見ることができず、とりあえず着床できていることだけが確認できた。2週間後に心拍を確認するまで、母子手帳なども取らずに待つよう言われた。
「妊娠」は病気でないのでその日は自費診療。7,000円くらいだったと思う。

 さてこの2週間がとにかく長い!基本的に妊娠は何も為す術がないのだ。医療にできることはない。葉酸サプリを飲みつつ、安静にして健康的な生活をするしかない。(軽症新型コロナと同じだ。)
 ネットサーフィンにすっかり囚われた。流産リスクについても散々調べたし、すべきこと・すべきでないことをとにかくググっていた。

 つわりは軽かった。胸焼けがして、家にいるときに「オエッ」とえずく。人と会っているときは平気。その程度だった。仕事もデスクワークなので通常通りやっていた。

 2週間後、再び尿検査と超音波。無事に胎児の心拍も見られた。エコー画像の胎児の点がブレるようにざわめいていて、それが心拍とのことだった。
 その次もまた2週後。気が遠くなる。妊婦健診の補助金は基本的に使い切るペースらしいので、次回には母子手帳があっても、なくてもいいと言われた。しかし、次の健診までが出来ることが少なすぎて、耐えかねて母子手帳を取りに行ってしまった。

1-4.異変、流産

 木曜日だった。アプリでは8週6日と書かれていた。来客用のソファで座って話をしているときだった。

 ドンッ・ドンッ・ドンッ・ドンッ・ドンッ!

 突然、心臓が大きく打ちだした。不整脈のような症状。もともと、ふと身体を動かしたときなんかに心臓がドクンという症状はあったけれど、座ってしゃべっているだけの状況で急に心臓が跳ね始めるなんてことは経験がなかった。
 驚いて、死ぬんじゃないかと思った。必死で深呼吸をしながら「心不全」「心臓発作」という言葉が頭を駆け巡った。客人に救急車を呼んでもらうか?しかし…。その間15秒くらいだったと思う。徐々に心臓は収まって、緊張のドキドキだけが残った。

 そのときは胎児と結びつけて考えることはなかった。ただ、後から逆算するとこのときに身体の中で確かに異変が起こっていたのだろうと思う。

 翌週、妊婦健診に向かった。受付で母子手帳も提出し、診察へ。
「つわりはしんどくないですか?」
「はい、朝ちょっと気持ち悪いくらいで、全然。」
 さっさと服を脱いで、いつもの診察台に座る。
 エコーのカメラが入った。

「…んー…
 ……最近、なんか変わったことあった…?」
「え?」
いつもテキパキした先生が、歯にモノの挟まったような言い方をする。

「3~4日くらい前かな。つわりが急に軽くなったりした?」
「いや…どうだったかな。…心音がないんですか。」
「うん…ちょっと見えないんだよね。」
 先生は静かで落ち着いた声だった。
 ”ああ、やっぱり。”なぜかそう思った。

 超音波の画像を見せてもらうと、飛騨の「さるぼぼ」みたいなシルエットの赤ちゃんがいた。正面を向いていた。小さな手足がくっついた胴体の部分は、真っ白でぷくっとしていた。ブレのない、くっきりした白だった。素人目に見ても、胎内で何も動いていないのがわかった。
「止まっちゃってますね。」
私がそう認めたのを合図に、エコーは終わった。

 赤ちゃんのサイズがそれなりに大きいので、手術で出したほうが良いと言われ、大きい病院への紹介状を作ってもらった。先生も淡々と説明し、受付の人もてきぱきと手続きしてくれた。それくらい、よくあることなんだろう。
 会計に行くと、安い。診察代は、保険診療になっていた。流産が決まった時点から、保険が適用されるのだ。受診日・体重・血圧が記入されただけの、きれいな母子手帳も返された。健診補助券は、切り取られてすらいなかった。

1-5.大病院で流産確認

 紹介先に受診する前に、「胎児の心音停止」についてたくさんググった。

 世の中には、一度心音が止まったと言われるも、次の診察で再び確認できるケースが、あるにはあるらしい。大病院で、「赤ちゃん元気ですよ、あのクリニックは、やぶですね。」なんて言われる場面も想像しようとした。けれども、先生の静かな声と、シーンと動かない赤ちゃんの身体が思い浮かぶと、死んでしまったのだという事実によってどんな空想も塗り替えられてしまうようだった。

 赤ちゃんの死に、やっぱりな、と真っ先に思っただけのことはあって、気持ちの整理はすぐについた。夫は、妊娠初期流産の確率を調べて、
「よく起きることが、うちで起きたということだ。残念だな。」
とコメント。そばにいる人が冷静だったのも大きいかもしれない。
 ただ、なにかの拍子に、思い出したようにつわりの「オエッ」が出たとき、赤ちゃんの死に気づかず妊娠の反応を起こしている自分の身体がもの悲しくて、少し泣いた。

 さて、期日が来たので、紹介状を持って婦人科を受診した。待ち時間は長かったが、「”寄り添う”というのをせねば!」と意気込んだ夫が受診に付き添うと言いはってフラフラついてくるので、目が離せなくて気が紛れたのでよかった。

 クリニックよりも、エコーの入れ方が雑で痛かった。
「うん、確実に、心拍止まっていますね。流産しています。
と、はっきりきっぱり告げられたあと、
「…画像を見ますか?」
と、そっと聞かれた。”流産した妊婦には落ち着いた声で静かに話しかけるべし”というようなマニュアルでもあるのだろうか。
 最後に見た赤ちゃんは、前回とちがって横を向いていた。写真はもらえなかった。

 手術の日程がすぐに組まれた。ネットで調べた知識と反して、2泊3日の入院スケジュールだった。かなり丁寧にやってくれる病院らしい。その日のうちに入院準備として血液、CT、心電図の検査をした。
 入院の事前説明をしてくれたクラークさんだけ、「赤ちゃんは忘れ物をしてお空に帰っちゃったのネ」的な励ましをくれた。「あ、ドウモご丁寧に…」という気分。
 その日は、3割負担で7,960円だった。


1-6.一旦まとめ

 長くなったので、このあたりで一区切りにする。

・ピル休止後2回目の排卵での妊娠だった
・つわりは最初から軽かった
・不整脈のような心臓のドキドキという心当たり有り
・流産後もつわりの症状はあった

 後編(入院手術編)は近日中に。