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『万延元年のフットボール』大江健三郎

とある地方の山に囲まれた谷間の村に帰ってきた兄弟のひと冬の話。

地理的にも心情的にも閉塞した谷間の村の人々は、コリアンに村の経済覇権を握られ、ルサンチマンを募らせる。
この状況を打開するため、弟は一揆の中心人物だった曽祖父の弟を英雄視し、暴動を策略する。一方で兄は、弟が掲げる計画や英雄像に冷笑的な視線を送る。

自分にとっては、全体のテーマも個々の文章も難解で、あまり理解できた自信はない。
でも、自殺した友人や障害者施設に預けた息子の幻影を引きずりながら厭世的に生きてきた兄が、終盤で弟を再評価して現実に向き合う展開には希望を感じた(弟の暴力は評価できないけど)。

あと屈折した感情の描き方が精緻だと思った。村の人々はコリアンに経済を握られたことを恥だと感じつつ、それを表明することも恥だと感じて普通に過ごしているようだった。また、兄は弟の反体制組織に対して蔑みと僻みを同時に持っているようだったし、自身にも谷間の村のカルチャーが細胞の最深部に染み付いているのにそれを嫌悪しているようだった。きっと兄にとっての「谷間」は、自分にとっての「男子校」なんだろう。

タイトルは、弟が万延元年の一揆に触発されてフットボールチームを結成したことから。でもなんで「現代の一揆」じゃなく、「万延元年のフットボール」なんだろう。

「曽祖父の弟」とか「縊死した友人」とか、直接登場しない人物が徹底して匿名である理由も気になった。

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