自分大好きブーム。の次。


人間には不幸か、貧乏か、病気が必要だ。
でないと人間はすぐに思いあがる。

/ イワン・ツルゲーネフ -


本屋の、心理学と哲学のコーナーをよく覗く。
物語を書く職業柄か「他人が何を考えているか?」というシステムに興味があるのが原因な気がするけど、単なる好みなのかもしれない。認知心理学のあたりとか。

そんな訳で、地元の本屋さんとかに行くんだけれど、最近はメンタルケアの本が大変増えているように思える。しかも、全体的な傾向が似てて

・あなたは繊細である。
・あなたは自己肯定感が低い。
・けど、あなたはそのままでいい。

といったテーマが多い。
つまり、「自分は弱いけど、肯定してほしい」という読者に支えられたマーケットが今の主流なんだろう。


……という結論になりかけていた時、ビジネス街のとある本屋に入って驚いた。そこに並んでいたのは「強い自分の作り方」的なマッチョな本達。「あなたは繊細である」系の本は全然見当たらなかった。

ビジネス書のコーナーと間違えたかと思ったけど、やはり心理学コーナー。
周辺の高層オフィスビルで働くパワーエリート系は、心を弱めてる暇なんかないのかもしれない。


この二種族は違うように見えるけど

「自分に優しくしよう」
「自分を強化しよう」

という「自分が主語」という共通点がある。
まあ、心理学とはそういうものだ、という事なのかもしれないし、もしくは、自分以上に人生を捧げられる神(に該当する何か)が存在しない時代なのかもしれない。

そんなに皆「自分」が好きなのか。
じゃあ、他人はどうなんだろう?


主語を「他人」に置き換えると

「他人に優しくしよう」
「他人を強化しよう」

という事になる。
こういうタイトルの本は心理学のコーナーで見たことないな……と思ったけど、そもそもカテゴリーが違うか。
教育とかコーチングとかチームメイクとか……いや、それも微妙に違う。

そんな感じで、他者の幸福を願うような本はほとんど見かけない。
ああ、人間は自己中心的で他人の事を慮らない、冷徹な存在なのだ。
という事を言いたい訳ではなく、

「他人に優しく市場」って今、空いてるじゃないの?

という事を考えてた。


「自分大好き」人間が溢れている世界では、他人に優しくする人間の価値は上昇する。今は「あの人優しいよね」とか「あの人といると安心する」というフワッとした印象論でしか語られないけど、もっと具体的にメソッド化され、計測されるようなシステムが登場するんじゃないだろうか?

優しい言葉をかけたり、誰も拾おうとしないゴミを拾ったり、面倒な仕事を引き受けたり、困っている人を助けたり、店舗で散らかっている商品を元に戻したり、募金をしてみたり。

そうした行為が、例えばSNSの「いいね」に相当するような仕組みで可視化される。「他人に優しい人」が炙り出され、チヤホヤされる世界。

「自分に優しく」から、「他人に優しくする」事に価値が移動し、優しい世界が生まれていく。いや、ライフログやらAIの検知システムやらが普及したら、普通に来るんじゃないのかな。この世界。

その先にあるディストピアは容易に想像できるけれど、まあ、他人に優しい世界になるんであれば、いいんじゃないかな。

みんなもそう思うんでしょう?
思わないか。


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