正しい言葉を巡る対話。

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文化は言語の条件であり、同時に、その産物である。
/ジョン・デューイ


シナリオや設定を書いている若手メンバーと話をして、色々考えが広がったのでメモをしておく。(※実際の業務の事は書けないので、実際には起きてない内容に書き換えるけど)

若手の彼女は今、シナリオの勉強中。
ただ、学生時代に古い英語について学んでいて、人に教えられるレベルで教養がある。(スゴイ)

ある日彼女は、自分達のチームが作ったシナリオ内の英単語、その文法が間違っている事に気づいた。古い文法に基づいた、ものすごくニッチな内容で、現代英語のネィティブスピーカーでは気付ける人がほとんどいないレベルの間違いだ。もちろん僕には全く気づけない。

これをどう対処するのが最善か?というのが彼女の相談だった。


最初に書いておくが、彼女は間違いを指摘した後に、

「でも、こういう書き方をした方がカッコイイとかみんなが思うのなら、それもアリなのかも……」

とも言っていた。
なかなか勘のイイ子だ。なぜそう思うのか、は、後述する。
あと「相談」するのも、戦略としては正しい。

相談すれば、年寄りの豊かな経験から、素晴らしい回答が聞き出せる……からではなく、単純に若者の社交術として優れているからだ。ビジネス書のような「報告・連絡・相談」ではなく「相談・相談・相談、そして相談!」を意識するくらいで丁度いい。なぜなら、年寄りは頼られるのが大好きだから。相談されると、それだけでイイ気分になり、相談者の事を良く思う。

「相談」は相手を説得する、最大の武器だ。しかも無料。(←全部、先輩からの受け売りの内容)

ということで、気分の良くなったヨコオは、いくつかの答えを示す事にした。


まず、状況とコストの整理しよう。

まだそのデータがリリース前なら、直す事は比較的容易だ。
担当者にお願いし、直してもらう事ができる。

仮にリリースした後も、直せなくはない。
僕らは色んな種類のゲームを作っている訳だけれど、大きく分けて「コンシューマーゲーム」と「ソーシャルゲーム」の二つがある。

ソーシャルゲームはご存知の通り常に運営されているので、ネットワーク経由でのデータの修正(パッチ)は比較的容易だ。それでもまあ、それなりに大変ではあるけど。

一方でコンシューマーゲームは買い切りであり、開発が終了するとチームは基本的に解散する。もちろん、開発データをすぐに捨ててしまう訳じゃないけれど、何年も前のゲームだったりすると、プログラマーもコンバート環境(プログラムをゲーム機で動くように変換する工程)を持っていなかったりする。

仮に環境があったとしても、そのデータを各オンラインストア等でパッチとしてリリースするには、手数料的なお金がかかる。それも結構な額で。

さらには、文字を変更した事による、バグ等も考えられる。
文字を増減させれば、全体の改行位置等が変わり、おかしな表示になることもある。また、これまでにはなかった倫理的な問題が生まれてないかもチェックしなくてはいけない。

それらを全部踏まえても、直すべきか?
僕らはボランティアではなく商売人なので
「文字列直すだけ」の為にどのくらいのコストを支払って、どのくらいのリターンがあるかを考えなくてはいけない。


コストとリターン、というのは、お金だけに限った話じゃない。
例えば、コストをかけてでも、お客様が(大きく)喜ぶのであれば、実施した方がいい、という判断になる。

100人に1人の割合で気づくような文法ミスがあったとしても、10万プレイヤーいたら1000人もいる計算になる。それを不愉快に思う人がいるのであれば、極力直した方がいい。

ただ、一方で、「同じお金をかけるなら」という話にもなる。
その文法ミスを直すより、もっとお客様が喜ぶ企画は考えられるんじゃないだろうか?たとえば、数十~数百万円のコストをかけてパッチを当てるくらいなら、そのお金で声優さんを呼び、感謝のアフター放送をした方が楽しんでいただけるんじゃないだろうか?

文法が間違っていても「気にしないし、今のままでカッコイイじゃん」と思うお客様が多い場合は、文章の機能としては十分に果たしている訳だ。
※そういう点において、新人たる彼女の逡巡は、正しかった。

この物語にとって、本当に重要な部分はなんだろう?
エンターテインナーとしてお金を頂いている僕らは、常にお客様の利益を最大化しなければならない。


次に考えるべきは「チーム」だ。

例えば、英文法に詳しい貴方が、常に間違いを指摘し続けるとしよう。
指摘されたライター達はどう思うだろうか。

間違える事を恐れる人は「日本語だけで書こう」と考えるかもしれないし、生真面目な人は「もっと英文法を勉強して正しく書こう」と行動するかもしれない。

前者の場合は、ゲームのシナリオからどんどん英語単語が減っていく事になるだろう。シナリオ表現の多様性が失われ、文章は単純化し、結果的にお客様へのサービスの質が落ちていく。

じゃあ、勉強する後者はどうだろう。一見正しそうに見えるが、その勉強時間はどこから得られるのか?
業務時間内でやっているのであれば、その担当者の生産性は落ちる事になり、100時間作れたはずの物語が80時間になってしまうかもしれない。

さらに、本当に古い英文法を勉強する事がベストの方法だろうか?
歴史や、武器や、食文化等、僕らが知らない事は膨大にある。
それらを学び、シナリオに反映させる事よりも、古い英文法の正しさを補正する勉強方がお客様の利益になるんだろうか?


あと「当時の言葉が、本当に全員正しかったのか?」という視点も見逃してはいけない。

現代を見渡しても、印刷物に書かれている言葉なんて「言葉」のうちのごく一部しか存在しない。街にあふれる方言混じりの言葉・ら抜き言葉・誤用・バイト言葉・言い間違い……むしろ「辞書のような正しい言葉を操る人」の方が少ない。

印刷物には専門家がいて、誤表記や誤用を直していったりするけど、その画面に映ってるキャラクターはそんなに言語に詳しい人なんだろうか?でないなら逆にリアリティを失ってないか?

昔の人だって完璧じゃない。というか、むしろ校正の概念すらなかった可能性が高い。だとしたら、間違った言い回しで英語が書かれる事もあるんじゃないんだろうか?


僕らはクリエイターだから、別の手もある。
その古い英語の記法は「なぜ」間違っているんだろう?という視点だ。

そもそも、そのゲームに出てくるキャラクターや衣装だって、厳密に歴史検証してる訳じゃない。創作されているものだ。だとしたら、その言葉も創作の一部なんじゃないだろうか?
服装と同じように、この世界とは違う、言葉がアレンジされた世界。
逆にもっとおかしな用法を増やすことで世界観を増強する。

もしくは、こういうのはどうだろう。
ソーシャルゲームのような運営モノであれば、新しいキャラクターを登場させることもできる。そのキャラクターを「現代人が過去世界にジャンプして、慣れない古語を使おうとした」設定にしてみる。
必死で学ぶも、現代語のクセが抜けず、古語の表記を上手く使いこなせない。

指摘していた「間違ったデータ」を、「用意された伏線」に変える、という訳だ。


いや、そうだな。これだと全部、「文章は間違えたまま」の未来しか来ない。君は英語の古文を学び、それが今も好きなハズだ。

学ぶことが楽しかったから、今の君がある。
じゃあ、君と同じように「正しく古い言葉」をお客様に楽しんでいただく物語に変えていくのはどうだろうか。

言葉が歪められていく世界。
プレイヤーは、その言葉を直す為に送り込まれた、いや、言葉を直す事で元の世界に戻れる設定にしよう。その方が共感性がある。

そうやって古典英語の文法を一つづつ学んでいく楽しみを徐々に見せていく。そうすれば、君が思う正しい古典英文法を広めつつ、学ぶことの楽しさもお客様に届けることが……あれ?どこに行った?まだ話の途中なんだけど。


っていうか、えっと……

古典英語が好きな、若手女子……なんて、いたっけ?

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