淡雪羹(毎週ショートショートnote)

ツノ、ツノ、ツノ、立て、立て、立て。
ハンドミキサーが壊れた。よりによってこの日にハンドミキサーが壊れた。
家電量販店に買いに行けばいいのだが、今日のこの日今年最後に作る和菓子で、開店までに用意しなければいけない。
淡雪羹。春先の雪をイメージしたその和菓子は、冬が終わり春を告げる節分祭の休息のお茶請けにと、東館様より毎年うけたまわる。
この節分祭が終わったら、新しいハンドミキサーをと考えていたのだが、その節分祭の朝に壊れた。
壊れた物は仕方ない。開店までに注文の品を作ることに全力を注がねば。
ステンレスのボールに卵白を入れ、冷凍庫にしばらく放置。マイナス20度の世界では、卵白はあっという間にシャーベット状になる。そのシャーベット状の卵白を泡立てる。
ツノ、ツノ、ツノ、立て、立て、立て。
ガシャッガシャッと砕ける音が、だんだんなくなっていく。
ツノ、ツノ、ツノ、立て、立て、立て。
ボールの中の卵白は、白く細かい泡状になっていく。
ツノ、ツノ、ツノ、立て、立て、立て。
砂糖を加え、混ぜる、混ぜる、混ぜる。
ボールの中の卵白がツノが立つようになったら、火にかけ砂糖を加え煮詰め人肌ほどに冷ました寒天に、それを加えて全体を混ぜる。
この時、メレンゲのふわっとした感触を残すのがコツ。
調理場の一番寒い場所にそっと運び、固まるのを待つ、待つ、待つ。
開店の十時と同時に、東館様の使いの者がやって来る。
ごつい身体はコートにすっぽり覆われ、マスクにサングラスで顔がよくわからない。そのうえ毛糸の帽子に手袋。僅かにのぞくその肌の色は、世界中どこを探しても見ない色。
青。今年は青鬼が品を取りにきたのか。
東館様は、鬼を統べるお方だと聞く。
冬から春への暦の区切りのこの日、炒った豆を撒かれ、焼いた鰯の匂いに顔をしかめ、鬼達は澱んだ気を引き連れてゆく。
東館様は鬼達に春告げの労を労い、淡雪羹を肴のあてに彼らと酒を酌み交わす。


お題はこちらの「ツノのある東館」より。