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大人のシュワシュワ

なんだか炭酸が欲しい日がある。

たとえば、疲れて帰ってきた夜とか、汗だくの夏の昼下がりとか。

大人になってビール飲める歳になったけど、こういう時に欲しているのはお酒よりも炭酸飲料。

わたしの家は子供の頃、炭酸飲料が出てくることは一切なかった。もはや炭酸の存在すら知らなかった。

わたしの母方のひいおばあちゃんは、三ツ矢サイダーが好きだった。縁側のある素敵な古い家に住んでいて、遊びに行くと10歳ほど年上の美人のはとこのお姉さんたちがいつも一緒に遊んでくれて、遊んだ後にはひいおばあちゃんが持ってきた三ツ矢サイダーを一緒に飲んだ。お姉さんたちと遊ぶ楽しさ、ひいおばあちゃんがどこからともなく持ってきてくれる特別感が嬉しくて、初めて飲んだ炭酸は最高に美味しかった。今も店で、広告で、三ツ矢サイダーを見かけるとあのお姉さんたちに可愛がってもらった縁側の日向の空気を思い出して、懐かしく口の中に爽やかな懐かしさが広がる。


こうして家では出てこない特別な飲み物、としてわたしは炭酸飲料に出会った。それはあくまでも特別な飲み物で、ひいおばあちゃんのあの家で、はとこたちと飲む三ツ矢サイダーが特別だったから、家でも飲みたい、とねだることもなかった。

それ以降も家では炭酸が出ることはなかったし、記憶のどこかに残っているのだけど、「コーラは体に悪いのよ」となんとなく母から聞かされて、そうか茶色くてシュワシュワしていそうなあれ、飲まない方がいいのか、と信じて疑わず、興味すら湧かなかった。


小学校4年生の頃、近所に同い年の女の子が転校してきた。5年生になってからはクラスも同じで、通学路も一緒だし、中学受験の塾も一緒であっという間に仲良しになった。

彼女の家には私の家にはなかったゲーム機があって、3つぐらい年上のお兄さんもいて、お兄さんを交えて一緒にゲームをしたり、彼女の家で遊ぶのは自分の家での遊びと違って、少し背伸びした感じがしていつもちょっと刺激的だった。

彼女の家で可愛いお母さんが、その日も「おやつをどうぞ!」と可愛い声で、お盆に乗せたおやつを持ってきてくれた。その時に一緒に持ってこられたドリンクが、コーラ。これがわたしとコーラとの出会いだった。友達と、友達のお兄ちゃんと一緒にうちにはないゲームをしながらコーラは、正直美味しいかどうかはあまりわからなかったけれど、大人の味がして、親に隠れて悪いことをしているような、特別な味がした。


最初に書いた通り、わたしの家では炭酸は出なかったのだけど、何故か家族4人で必ず炭酸を飲むシーンがあった。

それは、デパートの買い物をした後。我が家の両親は、デパートにお買い物に行くのが好きで、よく週末にはデパートに出かけていた。私と妹もそれについて行くのが好きだった。両親の買い物を横目に高級店に入り込んで立派な指輪の金額のゼロの数を数えて、覚えたての「いち、じゅう、ひゃく、せん」と数えながら「すごいね150万円!」とか2人でこそこそ話しながら、家に帰ってからのおままごとで「100万円の指輪です!」「200万円の時計です」とか言って遊んだりするのが楽しかった。

私も妹も大人しい子供だったので、買い物についていくのに飽きて泣いたり、走って目の届かないところに行ったりすることなく、2人でくっついてこそこそ話しながら、私たちもそれなりに両親の買い物を楽しんでいた。2人でヒソヒソ楽しんでいるだけでデパートの店員さんからは、「大人しくていい子ね」と可愛がってもらえるし、家族でレストランでご飯を食べられるのも楽しいし、見たこともない素敵な宝飾品を見られるし。

もう一つの嬉しかったことが、帰りの駅。駅の売店で父が家族4人分のビタミンレモンを買ってくれる。理由は不明、いまだになんでかは聞いたことがないのだけれど、小学校高学年になってからはデパートで買い物、そして最後にビタミンレモンまでがお決まりのコースになった。

駅の端っこで家族4人でグビッと瓶から黄色い炭酸を飲み干したら、そのまま帰りの電車へ。

一気にたくさん歩いた1日の体の疲れが取れるようで、シュワシュワの炭酸に、駅の端っこで飲み干すちょっとした罪悪感みたいなものが加わってさらに美味しく、大人の味が嬉しかった。


炭酸の記憶はどれもちょっと大人の味で、今も炭酸を飲むのはちょっと背伸びした気分になる。

なかなか外に出られない昨今だけど、今日はビール片手にオンライン飲み会するつもり。大人の遊びっぽくて今夜の炭酸も特別になりそう。嬉しいね。

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