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やってられない女達


少し前に<もしもパリにカフェが存在しなかったら>というタイトルの記事を2作品ほど紹介させていただいたが、その中であまり触れなかったのにその後ずっと気になっていた事がある。

アーティスト達の19世紀の後半から20世紀初旬あたりの女性達の描写に対してそれまでと打って変わったところであるという事。

女性のポートレート自体は以前から存在していたのだが、疲れた様子はあまり見たことがなかった。絵の中でかつて殆どの女性は美しく、肌もキラキラと輝いていた。

ところがカフェで描かれていた女性の中には立て続けに疲れ切っており、愛想が全くと言っていいほどない場合も結構伺える。この時代の女性たちにいったい何が起こったのであろうか。

エドガー・ドガ
ラブサント(或いはダン・ザン・カフェ)
1875ー1876年
オルセー美術館


2人の登場人物。女性の方はエレン・アンドレという女優で画家のモデルもよくした。マネやルノワールによっても描かれた。男性はマルセラン・デブタン、画家であり彫刻家でもある。この二人は夫婦でも恋人でもなさそうということなので何人かの集いの中で単に横に並んだだけなのであろうか。

それにしてもエレンの表情はつまらなそうで、しけている。肩を落として、よほど何か面白くないことでもあったのか。

ちなみにこの店は<カフェ・ドゥ・ラ・ヌーヴェル・アテーヌ>と言ってかつて印象派達の出会いの場所の内の一つであったそうだ。そう考えると展覧会かなにかの打ち合わせだったのか。エレンの前にはアブサントというアルコールが置かれている。もし印象派のアーティスト達に囲まれて酒を飲んでいるのなら普通楽しそうにしていると思うのにこのエレンの様子は理解に苦しむところである。

エドガー・ドガ
アイロンをかける2人の女
1884年
オルセー美術館


ドガと言うとバレエダンサーのイメージが強いのだが上の2枚の絵はどちらもそのイメージとは異なる。オルセー美術館で観賞していてこの絵がドガ作と言わなければ、あるいは説明書を見なければ他の誰かの作品と思ってしまうが、それがまた面白いところ。右の女性は一生懸命アイロンかけに励んでいるが、左の女性は休憩中なのであろう、大あくびをしてしかもワインを瓶ごと握りしめている。グラスがない。グビ飲みしているのであろうか。普通こんなところ描かないであろうが、敢えてモデルにこんなポーズを取らせたのであろうか?しかしながら当時の仕事中の日常をよく表現している。毎日平凡な作業の繰り返しで飽き飽きしている様子かよく出ている。

エドゥアール・マネ
フォリー・ベルジェールのバー
1882
コートールド・ギャラリー(ロンドン)


さて、2枚のドガの作品とは打って変わって華やかな世界で働く女性である。舞台はフォリー・ベルジェールと言うミュージックホールの中のバーである。面白いのは主人公であるバーメイドの後ろが鏡になっていてそこに客席の様子が映っているところ。彼女の周りにはシャンパーニュのボトルが数本置かれていて、景気の良さが表されている。
ところがバーメイドの表情は虚ろで投げやりな感じさえ伺える。
実はその当時カウンターにオレンジが置かれているということは彼女は娼婦という暗示だったそうだ。何故オレンジなのか、またその話は本当なのかははっきりしないのであるが、このフォリー・ベルジェールは当時娼婦をかかえていたことが知られていることからもこのバーメイドはそうであった事は否めないであろう。また、マネ自信も当時頻繁にこのフォリー・ベルジェールに通っていてここで働いていた女性と仲良くなったところからもこの話の真実性はかなり濃厚であったと考えられる。


パブロ・ピカソ
ラブサントを飲む女
1901年
エルミタージュ美術館(サン・ペテルスブルグ)


ここでもアブサントが出て来る。そもそもアブサントとは何か?ご存知の方もいらっしゃると思うが薬草系のリキュールのことである。アニスやウイキョウを中心に複数のハーブやスパイスが合わさっているがアルコール度数がかなり高いので普通は薄めて飲む。単に水を加えてもいいし、また、グラスの上にスプーンを渡してその上に砂糖をのせてそこにアブサントをかけて飲むというやり方もある。当時も流行っていた様だし、ピカソもアブサントが好きだったらしいので、ここで登場させたのは小道具としてより、むしろこの絵はアブサントが主役なのではと思わせる位である。

主人公の女性に関しては深いブルーのドレスや、悲しそうな表情、左手で顎を抑えて右手で全身を抱え込むようにしている。もう絶体絶命といったところか。ただし他の上の絵とは全く違い、何かはわからないが、何かを深く考え込んでいるところが単なるカフェのイメージを超えているような気がする。例えばマネやドガの絵に比べて構成はシンプルであるが、何か物凄く訴えるものがある。

もしかしたらこのヒロインはピカソ自身を表しているのかもと思える。と言う発想は突拍子もなさすぎるかもしれないけれど。少なくともそれ迄の女性のポートレートとは違い、新しい方向性を感じる作品と評価したい。


19世紀のフランスは産業、また芸術に関しても目覚ましい発展と飛躍が見られたがこの時代の女性達の立場はまだまだ弱くて限られていたのだとつくづく考えさせられる作品たちである。勿論女性で活躍した人達もいたが、それはほんの一握りにすぎない。
今回はあまり知られていない、少しでも多くのこの時代の女性像を画家の力を借りてスポットライトを当ててみた。

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