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もしもパリにカフェが存在しなかったら 〜その2



前回同タイトルのその1でエドゥアール・マネを中心としてクロード・モネ、ピエール・オーギュスト・ルノワールなど印象派の画家達がパリ北側のバティニョールと呼ぼれた界隈で集まったところから展開させた芸術とカフェ文化の関係に触れてみた。

芸術家というのは元来孤独なイメージがあったのだが、討論、時には激論から生まれる意見交換、さらに育くまれた友情等の人間関係も画家達の仕事に多大なる影響を与えていたと言うのが興味深い。

その後パリではモンマルトルが舞台の中心になり、パブロ・ピカソ(1881−1973)やマルク・シャガール(1887−1985)の様にフランス以外からもアーティストがやって来た。その中に日本の藤田嗣治(1886−1968、今回はFoujitaと呼ばせてもらう)も入るわけであるが、画家としてだけでなく様々な分野でその才能を発揮したり、また、カフェで知り合いの輪を広げていったりと、その役割は重要であった。やがて地代が上がり住みにくくなったモンマルトルに代わって彼らは比較的安いモンパルナスに移り住むようになった。


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さて21世紀のコロナ禍でパリもすっかり変わってしまい、全体的に活気を失い、かつて賑わっていたモンパルナスの周辺も例外ではなく、カフェもテイクアウト以外できなくなり、あたりはシーンとしてしまった。

ロックダウン解除は段階的で、先ずはテラスのみ営業可になり、つい先日から条件付で室内営業も出来る様になった。

そこで早速、久し振りのモンパルナスに来てみた。10年くらい前まではよくクリスマスや正月に友人と会うのに、ほとんどが閉まっていた中でこの界隈だけは常に賑わっていたのと、友人のうち多くが近くに住んでいた事も大きな理由であり、よく来た。

待ち合わせは映画館前で、なのに何故か映画は見ないで飲みに行くことが多かった。私の場合はとにかく喋りまくってばかりであったが、結構遅くまで開いている店もあったので週末はよくここで集まった。終電の時間まで、運転しないから適量のアルコールも飲めたし。

ヴァヴァン(Vavin)という名前はメトロ 4号線の駅の名前では知っていたが、その駅を降りたところにズラリと洒落たカフェが並んでいることに気づいたのはその後であった。しかも学生時代は予算の関係もあったし。

働き始めてからはあまり値段も気にしないでヴァヴァンやサンジェルマンデプレなどで雰囲気を楽しむ事もしばしばあった。エスプレッソは一日4杯までという健康診断の時の看護婦さんの言いつけを守ってはいたが、好きというより薬のようなものだったし、私は煙草は吸わないので少しだけエスプレッソに依存していた。仕事で疲れた時は家にたどり着く前にその辺のカフェのカウンターでエスプレッソと水をもらって10分位立ち飲みしてから帰途に着くこともあった。

さてバスから降りると、昔ながらの派手派手の建物がすぐに目に入った。

<ラ・ロトンド(La Rotonde)>という派手派手文字と真っ赤なテントや椅子等のおかげで最初に目の中に飛び込んできた。最近ではマクロン大統領が常連であり、私個人的には大統領選挙の時にまだ最終結果が出ていないうちにここで祝賀会を開いてひんしゅくを買った件が記憶に残っている。創業1903年。

そして<ル・セレクト(Le select)>。1923年以来。そういえばここだけ一度も来たことがない。

<ル・ドーム(Le Dôme)>。シーフードも豊富に揃っていて現在界隈では一番高級感があるが、当時は値段も安くFoujitaなんかも皆一番よくここに通ったらしい。1898年以来。

<ラ・クーポール(La Coupole)>。隣のル・ドームなどに比べて特に外観はシンプルなイメージがある。1927年以来。


少し迷ったけれど、ラ・クーポールに入ることにした。今までもここで食事やお茶したりするのが一番多かった。そう言えば以前<私のプロフィットロール>というタイトルのnoteでの記事の中にもこの店を登場させたっけなどと思い出した。今でも好きであるが、朝からあのボリュームたっぷりのデザートをたべる勇気はさすがになかった。またの機会に。

で、エスプレッソを注文した。フランスでは水は頼まないと出てこないが、さすがにこういうところは何も言わなくてもサーヴィスされるし、さらに今では殆ど皆無になったミニクッキーもついてきた。


現在パリのカフェでエスプレッソ一杯は普通2.50ユーロから3ユーロ位。この界隈では3.10ユーロに統一されている。
パリでおそらく一番高価なエスプレッソはシャンゼリゼ大通りにある某有名カフェである事は間違いないと思うが、何と10ユーロである。やはりここまで来るとカフェも雰囲気や場所代で値段も決まるのであろう。私の学生時代のように(今もそうか)せこせこと予算を気にしなくてはいけない者は何も出来やしない。

室内は広く、食事をとらない客はバーカウンターの横のコーナーに案内されていた。昔の常連の置いていったという絵や写真が至るところに飾られていた。スタッフの女性にFoujitaの絵や写真はないのか聞いたけれど知らなかった。新米さんらしい。普通こういうところで数ヶ月も働けばそれ位のこと話せて当たり前だと思うのに。何だかがっかり。

その後すぐに見つけたのが上の写真の絵でマンレイやポンポンたちと共に描かれているFoujita。髪型や眼鏡ですぐにわかる。凄いメンパーに囲まれている。当時アーティスト達も時として集まって大騒ぎをしたらしいのだが、Foujitaはその中心にいたらしい。まさにこの絵のように。

また、ここは地下にダンスホールがある。そういえば数年前の大晦日に偶然ここの前を通りかかった時に丁度一階でカウントダウンの最中でギャルソン達が足をあげてラインダンスを舞台の上で披露していた。客もスタッフも盛り上がっていた様子は今でも忘れられない。写真に収めておけばよかったと少し後悔している。上の絵を見ると当時のカフェの雰囲気が伝わってくる。

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藤田嗣治
オ・カフェ
1949年
フランス国立近代美術館


Foujitaは1913年に日本からマルセイユ経由でパリに到着した後、1933年に一度フランスから離れている。日本に戻り、その後1949年に再びフランスに向かって出発してその後10ヶ月程ニューヨークに滞在してから1950年にパリに到着しているのでこの絵はおそらくニューヨークで仕上げたものであろうという事になる。とびっきり色白の女性が頬杖をついている。憂鬱そうだ。赤ワインを飲んでいるが、彼女の服の黒色に何気に溶け込んでいる。いや、キールか?その横のインク瓶はFoujitaの絵によく出てくる。背景にはギャルソンらしき男性の背中もみえ、明らかにカフェの内部である。日本で第二次世界大戦時を過ごし、心も疲れ切ったFoujitaの様子が目に浮かぶ。戦争画を描いたことから戦犯の疑いをかけられたりもし、もう二度と日本に戻ることはないと決意したものの、内心不安と絶望で一杯だったのであろうと察する。カフェで一人やりきれなさそうな女性を描く…、私の思うところこの絵にモデルはいない様な気がする。女性の姿を借りたFoujita自身を描いたのではないかとさえ思えてきた。

アメデオ・モディリアーニ
Foujitaのポートレート
1919年
北海道立近代美術館


それでもパリては画家仲間達がFoujitaを待っていた。彼は様々な人々と交流があった。後に<フーフー(foufou.フランス語でお調子者のこと)>と呼ばれるようになり、人気者で友人も多かった。そんな訳でFoujitaを通して当時の画家仲間同士の友情とアート、そしてパリのカフェとの関係がより明らかになってきた。前作のマネ達の時もカフェがアーティスト達の活動の舞台となっていたが、今回はその時とはまた違った関わり方があるところが興味深い。

今回は特に上のデッサンの作者であるアマデオ・モディリアーニとFoujitaの関係について触れてみた。2人はFoujitaがモンマルトルからモンパルナスのシテ・ファルギュイエール(La cité Falguière)に移り住んだ時にモディリアーニが隣の部屋であった事から親しくなったと言う事であるが、モディリアーニはカフェで似顔絵をよく描いたことで知られている割にはFoujitaの肖像画というものがなかなか見つからず、今のところ上のデッサンのみであるが、それでもFoujitaはそれを見てかなり喜んだそうだ。

1918年夏にはシャイム・スーティンも一緒に南部のカーニュ・シュル・メールに滞在し、そこで晩年のルノワールに会う事も出来たそうで、とても思い出に残るひと夏を共に過ごした。

ところがその後1920年にモディリアーニが35歳の若さで亡くなってしまう。
元々病弱ではあったが、あまりにも早すぎるあの世への旅立ちではないか。

Foujitaの落胆ぶりは尋常ではなかった。
その後様々なことが見に降り掛かっても、この事は一生記憶に残っていたはずである。

Foujitaやモディリアーニはエコール・ド・パリ派と呼ばれていたが、カフェこそが彼らのエコール(学校)ではないかと思う。その理由から私は店内の内装の説明ができなかったスタッフを非難した。彼女にとっては芸術とカフェの関係はどうでもよいことかもしれないが、ビカソの、シャガールの、マン・レイの…、その他多勢のアーティスト達の、そしてモディリアーニ、スーティン、Foujitaの思い出を語ることが出来るのはインターネットなどだけではなくカフェそのものなのではないか。




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