ショートショート③ 気分を伝える

昨日、俺ん家に友達が遊びに来た。
二人でダベって話も尽きてきた頃、その友達がバッグから一本のペンを取り出した。
「そういえばさ、面白いペン見つけたから、使ってみてよ」
「なんだよ」
それは真っ黒いボディの細いボールペン。その上部にペン先を出すためのノックがついてるヤツ。
「これさ、使ってる人の気分に応じた色のインクが出てくるんだよ。試しに書いてみてよ」
何言ってんだコイツ。そう思いながら俺は、テーブルの上にあったチラシの裏面に、そのペンを使って書いてみた。まず自分の名前。
黒色。普通のボールペン。
「黒は、フラットな気分。いまお前は、なんの感情もなく書いたから黒色なんだ。一度インク引っ込めてもっかい出して書いてみて」
マジかよ。言われたとおりにやって書いた。マジかよ、と。
青色。お?
「青は、気分上々。いまお前は、このペンの凄さを信じ始めてテンション上がってる」
ホントかよ。も一回やってみる。引っ込めて、出して、書く。ホントかよ、と。
赤色。え?これマジ?
「赤は、ネガティブな感情。お前はいま、これどんな時に使うんだよとか否定的なことを思考した」
むむ、たしかに思ったかも。もう一度だけ。引っ込めて出して書く。信じるよ、と。
あれ?薄いグレーの文字。この感触は大学で書き慣れたシャーペンのアレ。
「シャーペンになった時は、自分次第で自分の気持ちをコントロールできるとき。ポジティブになるのも、ネガティブに捉えるのも、お前次第ってこと。面白いペンだろ?あげるから使ってみてよ」
むむ、悔しいがたしかに面白い。ありがたくもらっておく。

翌日。バイトも休みの休日。やることも行くとこもなく家で過ごした日の夜。こんな日は書くのが辛くなる日記に手を伸ばす。アイツからもらったあのペンで。

今日は学校もバイトも休み。一日家にいた。

黒色。フラットな感情。

あ、けどゲームは進んだ。全クリも見えてきたぞ

青色。たしかにこれはポジティブなことがら。

でもこんな生活でいいのかな…彼女できないぞ

赤色。そりゃそうだ。

変えていくぞ。どう生きるかは自分次第だもんな

シャーペン。そうここはシャーペンであって欲しかった。
このペン本物だ。


1週間後、学校帰りにまた友達が遊びに来た。俺はすぐに言う。
「あのペンすげーな。毎日あれで日記書いてるけど、本当に気分どおりの色がでてくるわ。マジでスゲー。いつも最後はシャーペンで俺を前向きににさせてくれるんだよ。俺頑張るよ」
語彙力はないがありったけの感動を伝えた俺に、友達は一瞬、UFOでも見たかのような表情をしたあと、顔はニヤケつつ冷ややかな目をして言った。
「え?信じてたのかよ。あれ嘘だよ。あのペンは、押すたびに順番にインクが出てきてるだけ。黒、青、赤、シャーペンの順にね。気づくだろ、普通。なに書いてたんだよ」
友達は話してる途中ニヤケ顔から爆笑顔に変わった、1週間信じ切って日記をつけてた俺を、そしてその仕組みに気づかない俺を想像すると笑いが止まらなくなったそうだ。

何となく変な雰囲気になり、友達がいつもより早く帰ったその日。
夜、日記を書いた。そのペンで。一行だけ。

アイツコロス。


それはいつもよりも太く濃い赤色だった。

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