ショートショート④ 天気予報を売る

天気予報を売る仕事を始めた。
仕事、といえるほどではないかもしれない。
お小遣い稼ぎ。結婚を機に残業続きのブラック気味の出版社を辞めて、主婦的なポジションに収まったことがきっかけ。

昔から天気を当てることが得意だった。明け方の空と、風の匂いを嗅ぐと大体わかる。
亡くなるまで現役のユタだったオバーの血を継いでるんだ、とは母親の談。たしかに昔から変なもの、不気味なものを惹きつける気配があったような気もする。

その日を天気を見て、パソコンで簡単なフォーマットに打ち込んでプリントする。
天気。風向き。お洗濯情報などの一口メモ。
おまけで手作りの小さなサーターアンダギーを一つ沿えて、小箱に入れる。
ほんの遊びの気持ちで、友達が路肩で開いてるコーヒーのワゴンショップのそばを間借りして、テーブルに並べて、あえてシンプルなPOPを貼り出す。

天気予報売ります。当たります。一つ500円。

意外と買ってくれる人がいて驚いた。それから面白くなって続けてきた。
毎日用意する30箱は午前中でほぼ売り切れる。買ってくれるのはだいたい常連さん。外で仕事されてる方や、日中の飛び込み営業が勝負のサラリーマン。
コーヒー売ってる友人とたわいのない会話をしたり、友人がそばに置いてある小さなテレビで、最近近所で増えている物騒なニュースに耳をそば立てたりしながら、昼過ぎには店じまい、というゆったりしたスタイル。暇つぶしにも小遣い稼ぎにもなってちょうど良かった。


しばらくして妊娠した。
それが原因なのか、天気予報が当たらなくなった。正確には、空を見ても風を嗅いでも、その日の天気がわかりづらくなってきた。なんだかレンズが曇ったような。
商売道具が鈍ったので、当然店じまい。POPを書く。

今日で閉店します。ご愛顧ありがとうございました。

コーヒーショップの友人とのおしゃべり時間がなくなるのは寂しいけど、まぁこれからは出産準備で忙しくなるし、たまにコーヒー飲みに来るから、なんて話していた最後の営業日。ある常連さんがやってきて、閉店のPOPを見て動きを止めた。
20代くらいの、少し雰囲気の暗めな、前髪が目までかかったお兄さん。
3日に2回は買いにきてくれる。天気予報を買ってくれる割には、色白で細身でやや不健康そうな体型。偏見かな。

「閉店されるんですね。残念です」
やや無機質な声で、お兄さんが言った。
「そうなんです。色々あって…。よく買いに来てくれてましたよね。ありがとうございました」
それが初めてのまともな会話だった。
今日の天気予報の入った箱を買ってくれたあと、お兄さんは小さな声で、申し訳なさそうに言った。

「あの、実は明日、大事な仕事があって、どうしても天気予報が必要なんです。明日まで、どうにか売ってもらうことはできませんか?ここで天気予報を買うようになって、ホントに毎回当たってて、すごく助かってるんです、仕事」

よく来てくれたお兄さんだけど、ここまで言ってくれたのは他のお客さんでもいなかったので、素直に嬉しかった。

「分かりました。お店は今日で閉めちゃいますけど、あした一箱だけ用意してこの場所で渡します。ただ、もしかしたら、外れちゃうかもしれません。それでも良ければ」

「良かった、本当に…。ありがとうございます。では明日、今日と同じ時間にここで。よろしくお願いします」

ちょっと暗めのお兄さんは、最後に少しだけ明るい笑顔を見せてくれてもと来た道を帰っていった。
私も少し、いや実はかなり嬉しかった。私の最後の天気予報営業は、こうして温かい気持ちで終わった。


翌日。
朝起きて日課の空を見る。空気を嗅ぐ。
なんだか今日はハッキリ分かった。
朝は晴れてるけど、夕方からは雨。
いつものフォーマットでプリントする。ただし今日は一枚だけ。いつもの箱に入れて、サーターアンダギーを沿えて。
昨日と同じ時間、同じ場所。
お兄さんは先に立って待っていた。近づいてすぐに渡した。

「今日はお代はいりません。お店は昨日でやめちゃいましたから。これまでのお礼です」

お兄さんは一瞬困ったような表情をしたけど、すぐに、
「ありがとうございます。では遠慮なくいただきます。本当に助かりました」
と笑ってくれた。

「最後に、今日はどんな仕事があるのか聞いてもいいですか?」
私は言った。

お兄さんはまた、すこし困ったような顔をして、でもすぐに笑ってくれて、言った。

「人に会わなきゃいけないんです。外でしか会えないから、天気わからないといつも大変なんです。予定とか狂っちゃって。今日は特に大事な用件で」

正直言ってよくわからなかったけど、
「そうなんですね。ではこれからも頑張ってください」
と伝えた。お兄さんは、
「ありがとうございます。本当に、本当に、たくさん助けてもらいました」
と言ってくれた。

私にはそれで十分だった。


翌日。
空を見る日課をやめた。

私にはもう必要ない。昨日の最後のサービス営業でお腹いっぱいだ。それにもうすぐ、新しい家族もやってくるんだし。

ちがう日課でも見つけてみようかな、なんて考えながら、キッチンでホットミルクの準備を始める。

テレビからは、県内の政治家が夜中に路上で刺されて亡くなったというニュースを伝えるアナウンサーの無機質な声。

最近ホント多いよね。こんな近くで物騒なニュース。

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