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Photo by
sho_kamafuchi
真夜中の砂浜で
今夜は少し風が強めだ。
僕は一人で砂浜に座っている。
夜も更けて、花火をして騒いでた連中も、
居なくなり、残されたものは、水の入っていた倒れたバケツと眩しいほどに命を燃やし、今は黒い棒のゴミに化した花火の死骸たち。
夜が明けたら近くに住む人々が、大きなビニールを持ち、それらを拾いながら、浜辺を元の顔に戻していく。
転がったビールの缶、僅かに中身を残したジンの入った瓶。
砂に刺した煙草。
全く、海水浴場では酒も煙草も禁止だろうが。
真夜中。
何故、自分はこんな時間に、ここに居るのだろう。
砂浜の後ろは、少し高いところに道路があり、走って行く車のライトで、目の前には海が広がっていることが、かろうじで分かる。
「家に帰るか」
僕は立ち上がり、服に着いた砂を払った。
ここから家まで歩いて帰るには時間がかかりそうだ。
「のんびりでいいや」
歩き出そうとした時。
「友也」
誰かが僕を呼んだ。
「え?誰だ、どこに居る?」
「ここよ」
女の子の声が聴こえる方を見た。
僕が座っていた直ぐ傍に、声の主はいた。
辺りは闇に包まれているが、不思議と姿が、よく見える。
「雪枝……どうして……」
「先に行って待ってても、なかなか友也が来ないから迎えに来たの」
「待ってた?先にって……どこで」
雪枝は僕の恋人だ。
「やっぱり気づいてないんだね」
彼女は、そう云って黙ってしまった。
「なに云ってるのか全然わからないよ。分かるように話してくれよ」
僕の言葉に彼女はためらった表情になったが……。
覚悟をしかのように雪枝は話し始めた。
「私も友也も、この世界に残ってはいけないの。友也は覚えてないだけで、私達は違う世界に行くの。何故なら」
僕は雪枝の次の言葉を待った。
いつの間にか、怖くなっている自分がいる。
「もう、この世の人間ではないから。友也も私も死んだの」
「なに云ってんの?雪枝へんだよ。死んだ?ちゃんと居るだろ、僕も雪枝もここに」
「そう思うのは分かるけど、他人からは私達の姿は見えてない」
「止めろよ、夏だからって怪談話しか?
まるで、僕も雪枝も幽霊みたいじゃないか」
「“みたい”ではなくて実際そうなの。
友也も私も“魂”だけがここにいて、会話してるの。体は持って無いの。持ってるように見えるだけで」
そう云うと雪枝は再び黙ってしまった。
僕も何も云なくて、しばらく沈黙が続いた。
闇の中、波の音だけが繰り返している。
口を開いたのは僕の方だった。
「何でだ。なんで僕たちは」
「煽り運転されたの」
雪枝は小さな声で、そう云った。
「夜のドライブに行こうって、私達は車を走らせてたの。そしたら10分くらい経った時、煽って来た車があって、それでわたし」
「運転してたのは私なの。怖くてパニックになって、それで」
話しながら雪枝の呼吸が荒くなった。
「ガードレールに突っ込んでしまって、でも車は停まらなくて、それで、それで」
「雪枝、落ち着いて。無理に話さなくてもいいから」
「車は下に真っ逆さまに、お、落ちて」
僕は雪枝を強く抱きしめた。
「ごめんなさい友也、ごめん……」
「謝らなくていい。雪枝が悪いんじゃない。いけないのは煽ったヤツだ。だから泣かなくていいんだよ、雪枝」
僕がそう云っても雪枝は泣き止まなかった。
……自分が彼女なら、きっと同じだっただろう。
今夜はやっぱり風が強い。
どれくらい経ったのだろう。
雪枝はようやく、落ち着きを取り戻した。
僕は彼女に訊いた。
「それが起きたのは、いつ?昨日?」
雪枝は首を横に振り、
「三日前」
「そんなに日にちが経ってるのか。何で僕だけが、この世界に残ってたんだろう」
雪枝が云うには、一瞬で死んだ人間の中には、自分に死んだ自覚が無く、生きていると思い込んでいる人がいるらしい。
僕のように。
突然、お袋とオヤジのことが気になった。
「家の様子を見に、戻ってもいいかな?」
雪枝はうなずいた。
「ここから歩くと時間がかかる。雪枝は大丈夫か?」
「友也、私達はもう歩く必要はないの。直ぐに行きたい場所に、行けるわ」
「瞬間移動みたいな感じ?」
「そう、それと同じ」
「ありがたいって、云ってもいいんだろうか。雪枝はどうする。一緒に行くか?」
「私はここに居る」
……バカなことを訊くな僕は。
雪枝が僕の両親の姿を見たら辛いに決まってるのに。
「分かった。じゃあ僕は行って来るから、待ってて」
「大丈夫だから。行ってらっしゃい」
僕は頷くと、目を閉じて、家を想像した。
次に目を開けると僕は家の玄関に居た。
廊下を通り、仏間に行った。
部屋の中が花だらけだった。
親戚や友人、学生時代の同級生一同……
仏壇の前に、お袋が座っていた。
部屋が線香の煙で白っぽい。
お袋は、悲しそうに僕の写真を見ていた。
その顔を見ていたら、僕は自然に涙が流れた。
お袋、本当に……ごめんなさい。
最低な親不孝をした息子だ、僕は。
オヤジは庭にいた。
二人共、こんな真夜中でも起きてくれてるんだ。
僕はそっと、お袋の肩に手を置いた。
ありがとうございました
「お、お〜い、母さん」
「お父さん、そんな大声で。時間を考えてくださいよ」
「いいから、早く来てみろ」
お袋が庭に出ると、オヤジが一つの鉢植えを指差した。
「どうして……」
お袋も、驚いている。
お袋は薔薇の花が一番好きだ。
中でも〈マチルダ〉という白薔薇が大好きな人だ。
白薔薇なんだけど、薄いピンクが混ざっている花。
「雪枝、待たせて悪かったな」
「そんなことないよ。会えたの?」
「ああ、会えたよ、ありがとう。それじゃあ行こうか」
僕と雪枝は手を繋いで、顔を見合わせると真夜中の砂浜から……消えた。
「な、不思議だろう、母さん」
「このマチルダは、最近あまり元気がなかったのに」
「オレが見ている前で、花が見る見る開いたんだ。びっくりしたよ」
お袋は、ハッとした様子になり、庭を離れると門の外に出た。
「友也……」
満天の星空に、流れ星が二つ、尾を引いて消えていった。
了
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