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東京タワーに残ってたもの


ここを訪れたのは、久しぶりのことだった。

東京タワー。

私の大好きな場所。

目に飛び込んで来たのは、以前には無かった物だ。


『アナザー・ダイアモンド・ヴェール』

ピンク色に輝いた東京タワーがある。

「えーと、なになに、スワロフスキーを1万個使っている。なるほど、だからキラキラしてるんだ、綺麗」


視線を下にずらすと。


「ラブ・パワー・スポットって書いてある。

どうりで、カップルが写真を撮るわけだ」

私には関係ないや。

もう、今はね……。


だいたい女性一人で東京タワーに来る人間っているのだろうか?


私がそうなんだけど……。


あっ、ピアノの曲が流れてる。


他の人たちの邪魔にならないように、私は展望台へのチケットを買う列から、そっと外に出た。


12の星座をイメージして作曲された音楽らしい。

そっと、目を閉じてみる。


美しい曲が、周りの騒めきから、ほんの少しだけ、別の世界へトリップしたような、そんな気分にさせてくれる


不意に涙が出そうになった。

急いで目を開けた。

「だめだめ、泣いちゃだめ!」

確かフードコートがあったはず。

何か飲み物を買って休もうかな。


かなりの方向音痴の私は、記憶というより、野生の本能で場所を探す。


(もう休憩するの?来たばかりだよ)


「えっ!」

まさかね。

目の前には探してたフードコートがあった。

私の横をカップルが、笑いながら通り過ぎる。


『お前は運動不足なんだよ、休憩ばかりしてさ』

『だって、脚が直ぐ痛くなるんだもん』


立ち尽くしたままの私は、我に返った。

「そうよね、あり得ないもの」

下を向いて少しだけ笑った。

テーブルに着いて注文したアイスコーヒーを飲む。


以前はブラックばかりだったけど今は、少し甘いコーヒーが好きになった。


(ソフトクリームを買ってきたよ、好きだろ?)


「好き好き、食べる!」

思わず声が出てしまった!不味かったかな?


恐る恐る、周りを見渡す。

大丈夫だ、みんなお喋りに夢中になっている。

早く飲んで、サッサと展望台に行こう。

このまま居たら挙動不審な変な人に思われそうだ。


ストローでアイスコーヒーを飲む私の前には 《マザーCAFE  東京タワー店》の文字。

マザー牧場のCAFEがオープンしたんだ。

斜め前ではさっき横を通り過ぎたカップルが、ソフトクリームを食べている。


私はまた少し笑ってしまった。


私はソフトクリームが大好きだ。

だから充によく笑われた。

《光は、どこに出掛けても、有れば必ずソフトクリームを食べるよな。見てて気持ちがいいくらい美味しそうに食べるよね》


あの頃も、このCAFEがオープンしていたら、必ず食べていただろう。

私がまだ、充の恋人だった時に、2人で東京タワーには何度か来ていた。

スカイツリーには行ったことが無かった。


嫌いとかではなく、ただ東京タワーが好きだった。

形も安定感があって可愛らしくて、好きな理由だった。


充は子供の頃からアウトドア派で、キャンプにもよく行ってたらしい。

その上スポーツが大好きで、自分の野球チームも持っていた。


仕事が休みの日でも、自宅で寛ぐタイプではなく、近所を散歩するだけでもいいから動きたいと思う人。


反対に私は典型的なインドアで、部屋で過ごす時間が好きな性格だ。

充は、そんな私を誘い出し、あちこちに連れて行った。

アウトレットや海沿いの公園。

自分が好きなチームのプロ野球観戦。

安くて美味しいラーメン屋さん巡り。


そんな時間を過ごしていたら、私も出掛けることが楽しくなって行った。

ある日、充は会社の健康診断で引っかかってしまった。

「よくあることだよ、心配しないでいいから」


私の職場でも同じように引っかかり、再検診を受ける人は、たまに見かけていた。

だからといって、その人たちが大きな病いに見舞われることは無かった。

安心、とまではいかないけれど、それほど深刻には考えてはいなかった。


けど、充はある病気になっていた。

入院するまでの状態ではなかったが、一生、生活に色々な工夫が必要になった。

食生活、運動、ストレス、様々なことに気を配る生活になる。


悪化したら怖い病気だから。

それでも私は、充とやっていく覚悟は出来ていた。

けれど、充は違った。


「この先ずっと光に迷惑をかけるのは耐えられない」

充はそう云った。

私がいくら、迷惑なんかじゃない、好きな人の為なら何だって出来る。そう云っても……。

何度も何度も、話し合った。


けれど、充の気持ちは変わらなかった。

「これ以上、光と話すのはもう辛いんだ」


その言葉を訊いたとき、私の気持ちは、充を苦しめているだけなんだ、そう思った。


あれからもうすぐ1年になる。

別々の道を歩くことに決めてから、1年。

「長かったな……」


「食べて見たかったな。マザー牧場のなら、絶対に美味しいよね、あ、でも……。

充には厳しい食生活が始まっていたんだ」

そう思うと、食べる気持ちにはなれなかった。


私は諦めて席を立ち、展望台のチケット売り場に戻った。


さっきよりチケット売り場の行列は減っていた。

私はチケットを“バースデーパック”にして貰えた。


今日は私の誕生日だ。


部屋で一人で過ごしたくはなかったし、もう一つ、未練がましい自分を強くしたかったから私は東京タワーに行くことに決めたんだ。


エレベーターに乗る前に、もう一度ピンク色の東京タワーをチラッと見た。

やっぱりスワロフスキーがキラキラ光ってた。

流れるピアノは、どの星座を表現した曲なんだろう。

私の星座だったらいいな。

特に今日は。


そんなことを思いながら、私はエレベーターに乗った。


アッという間にメインデッキに着く。

そこからの眺めは、あの日のままと同じに、私には見えた。

東京は、一瞬たりとも止まりはしない。

私が変化に気付かないだけで。


あの日も目立っていたグリーンのガラスのビルは、当たり前だけど、同じ場所にそびえている。

いったい何のビルなのか、調べるつもりでいたけれど、結局分からないままここに居る。


テレビ局の広い庭が小さく見えて、ミニチュアのように可愛い。


笑い声が響いてきた。

見ると、ガラス張りになっている床ところで、女の子たちがはしゃいでいる。


「あのガラス張りは、覗くだけでも怖いから、立ってみるのはもっと勇気がいるのよね」


スカイウォークウィンドウ。

あの日、勇気を出して私はガラスの上に立った。

そしたら充に茶化されたのだ。

《光の体重でガラスが割れたらどうする?》

そう笑いながら云われたこと、私は忘れてないからね、充。人が少し太目だからって。


よし、今日はガラスの上に、うつ伏せになってみよう!

地上を見下ろしてみるんだ。


人が居なくなった。

「恥ずかしいけど誕生日記念だと思って」


私はスカイウォークウィンドウの上で、うつ伏せになった。

怖くて目を開けられない。

写メを撮る音が聴こえる。


どうぞ、ご自由にお撮りください。

みっともなくて、面白いんでしょう?


「ガラスが割れたらどうする?」

まただ、今日は意地悪なくらいに、充が云いそうなことを話す男性に合う。

「どうする光、真っ逆さまになったら怖いだろう?だから早く起きなよ。人が集まってるよ」


頭きた!


「このガラスは1.5tまでの耐久性……が……あ、って」

いま『光』って私の名前を呼んだ?


「ほら、早くってば。誕生日にそんな格好、ふつうしないぞ?」

……。

「ダイアモンドあげるから。起きて光様」

ダ、ダイアモンド?


私は起き上がった。後ろ向きのままだけど。

ガラス、濡れちゃった……。

誰かが泣かすから。

「タワー大神宮にお参りするんだろ?

早く行こう」


後ろから手を握られた、その感触は、懐かしさや暖かさや、それから……。

「マザー牧場のCAFEが出来たみたいだから、そこで光の好きなソフトクリームと、それから、その……そのな」


「ダイアモンド、もらえるんでしょ?」

「で、でも自慢出来るような大きさじゃ」

「関係ないから、そんなの。大神宮でお参りするのは、この次にしてマザーCAFEに行きたい。充はそれでもいい?」


「今日の主役は光だから、好きにしていいに決まってるよ。僕もたまになら、甘いものも食べていいと、医師から云われたし」


「じゃあ、そろそろ前を向いてもいい?

後ろ向きに歩いているのが恥ずかしい」


「いいに決まってます!」

「ピンク色の東京タワーの前で写真を撮ってもいい?」

「アナザー・ダイアモンド・ヴェール、だっけ」


「そう、スワロフスキーを1万個も使っているアナザー・ダイア……モンド・ヴェール……の前、で、写真を撮りたく、てね」


「光様、そろそろ顔を僕に見せていただけませんか?」

「いいでしょう!では〜、いち、にの、さん」

ジャンプして、体の向きを変えた。


目の前には、1万個のスワロフスキーより、

ダイアモンドより、もっと……すてきな……笑顔の……誕生日……プ、レゼン、トが……わたしを、待って……いた。


     了




























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