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親切な隣人

私たち夫婦がこの家に引っ越して半年が経つ。

中古だが念願だった平屋の戸建だ。
夫の智史にとっては以前より通勤時間が
かかるようになってしまったが。

「それくらい我慢するよ。なんと云っても30代でマイホームが持てたんだ。僕は嬉しいよ。
これも、やり繰りして資金を貯めてくれた
鈴香のお陰だよ。ありがとう」


智史の嬉しそうな顔を見ているだけで、頑張った甲斐があったと私も胸が熱くなる。


「やっぱりこの天窓がいいよなぁ」

「うん、リビングに陽がたっぷり入るから明るいし、暖かいよね」


ピーンポーン

「田辺ですが。森谷さん、いらっしゃるかしら」

「は〜い、いま開けますので」

  カチャ

「田辺さん、こんにちは」

「こんにちは。これ、我が家の家庭菜園で作ったの。

小ぶりだけど味はいいのよ。よかったらどうぞ」


「こんなにたくさん!今お野菜が高いから
助かります」

「初めまして。いつも家内がお世話になってます」
智史が顔を出した。

「主人です」


「あら〜イケメンのご主人なのね。裏手の家に住んでおります。田辺と申します。奥さまも可愛いし、理想的なご夫妻ね」

「そんなこと無いですよ。田辺さんこそお綺麗で魅力的な方だなって思ってます」


「あらあらどうしましょう」

田辺さんは細っそりとしているし、正統派の美人だ。

「せっかくの夫婦の時間をお邪魔してはいけないわね。それでは失礼します」

「お野菜ありがとうございました」


私は田辺さんに頂いた野菜をキッチンに持っていった。
「カブにカボチャ、長茄子とチンゲンサイ。よく出来てる」


「田辺さんて旦那さんと二人暮らしなの?」
「それがご主人は病気で他界してるの。
子供もいないので彼女は一人で住んでるわ」

「そう、美人なのにもったいないな」


翌日、智史が仕事に出かけた後に、田辺さんから電話がかかってきた。
キノコ狩りのお誘いだった。

私は迷った。
何故ならキノコは素人には危険だから採りに行かないようにと智史から云われていたのだ。


電話の向こうでは田辺さんが絶対に大丈夫だから。毎年行ってるけど一度も危ないことは無かった。だから安心してと云う。

「近所付き合いもあるし、いくだけは行こう。採ったキノコは食べなくてもいいんだし」


そして田辺さんとキノコ狩りに出発した。
「私が一緒だから安心して。毎年行ってるから毒キノコかどうかは判るのよ」

話しながら歩いていたら山道に入っていた。

「キノコを採ってこの山の持ち主に怒られないですか?」

「ちゃんと許可は取ってあるわ。だから平気。それより夢中になって、私から離れないようにね」

「はい」

「ここからは右方向に向かっていくわよ」
「はい、右ですね」


私たちはキノコ狩りを始めた。

私は逸れないように、田辺さんにピッタリ着いてキノコを探した。

変に毒々しいのは素人でも危ないと判るが後は全く見分けがつかない。

「あれ?」

気が付くと、わたし一人になっていた。


「田辺さん。田辺さ〜ん!」

返事がない、逸れてしまったようだ。 

私は枯れ葉の上に腰を下ろした。

「右方向へ進んでいたんだけどなぁ」


山だから陽が沈むのが早い。

まだ夕方まで時間があるのに辺りは、うっすらと暗くなってきた。

木々が風に揺れ、ザワザワとした葉の音が、私を心細くさせた。

「寒くなってきた」


「森谷さん!ここにいたのね、良かったわ」

「田辺さん、すいません」

「謝らなくていいのよ。私もちゃんと森谷さんのことを見てなかったのがいけなかったわ。寒くなって来たから帰りましょう」


確かいま、左手から出て来たよね?田辺さん……。


「キノコ狩りに行ったって」
智史がネクタイを外しながら少し怒った口調でそう云った。

「ごめんなさい。断れなくて」

「それで、キノコは採って来たの?」
私は首を振って「採らなかった」と云った。

「でも田辺さんからたくさん頂いたの」


「そっか。とりあえず腹が減ったので夕飯が食べたいです、鈴香さん」

「はい、いま温めるね」


夕食を食べ終えた智史は、田辺さんから頂いた数種類のキノコを、パソコンで、一つ一つ調べ始めた。

暫くして
「あ!」
と、智史は小さく声を上げた。

「鈴香、ちょっと来て」

私はパソコンを覗き込んだ。

「このキノコ、これじゃないかな」

     【ドクツルタケ】

確かに似ている。色も形もそっくりだ。

田辺さんから貰ったたくさんのキノコの中に二本だけ含まれていた。


「このキノコはそんなに危険なの?」

「ああ、最初に嘔吐や下痢などの中毒症状が出たあといったん治るんだそうだ。

しかし1週間後にまた中毒症状が出て、この時はもう手遅れだそうだ」

「怖いね」

「だから二度とキノコ狩りには行かないように。悪いが全部捨てよう」


真夜中に目が覚めてしまった。
寝る前に智史が云った言葉が私の中で
引っかかっていた。


『田辺さんの旦那さん、本当に病死なのかな』


私はキッチンに行き、ワインを注いだグラスを持ってソファに座った。

ワインを飲み始めた時、目が合った!

天窓からこちらを睨んでいる田辺さんの目と。


       了







#2000字のホラー

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