🔷昼休み　（前編）

自宅マンションまでは、この公園を抜けると早い。

「昼間は、そうでもないけど夜はけっこう冷えるようになったな」

男でも夜遅くに、ここを歩くのは気持ちのいいものではない。

ベンチに人がいる？

「なんでこんな時間に居るんだよ、怖いじゃないか」

颯太はそう思ったが嫌でもベンチの後ろを通らなくては帰れない。

ズボンのポケットに手を入れて、足早に通り過ぎようとしたその時。

ベンチの人が立ち上がった。

「うわぁ！」

驚きのあまり颯太は声を上げた。

ベンチの人が振り返る。

だが俺を見ているわけじゃなさそうだ。

ただ、ぼんやりとしている顔つきだった。

「あ、いや、その」

何故か俺は、ドギマギしてしまった。

振り返ったその顔は、どう見ても高校生の女の子だった。

制服姿だ。

颯太には全く関心が無いようで、彼女は

ゴソゴソと何やら片付けている。

チラッと覗くと片付けてたのは、弁当箱のようだ。

こんな夜中に外で弁当を食べていたのか？この子は。

片付けが終わると、女の子は弁当箱の入ったキルティングのバックを持って、走って行った。

「……」

しばし呆然としていた颯太だったが、

「俺も帰ることにしよう」

そう呟いて歩き始めた。

いま俺が見たのは本物か？

少し酒が入っているから幻か？

35歳にもなると老眼とか？

いやいや早いだろう。とにかく早く帰ろう。

　　　　　　　　　🍃🍂🍃

颯太は部屋に入ると電気のスイッチを入れた。

「あ〜今日も疲れた。風呂どころかシャワーを浴びるのも面倒臭い。

今日はパスして、とっとと寝よう」

そう思いベッドに入ろうとした時、

「あっ！そうか」

と、颯太は声を上げた。

「何か奇妙な感じを受けんだよな。弁当の他に。さっきの女の子……」

「11月に入ったというのに、あの子は半袖のブラウスだったからだ」

「11月も半ばだよな……」

何だか眠気が翔んだが、明日も仕事だ。

無理にでも寝ないと。

颯太は部屋の電気を消して目を閉じた。

どうやら朝らしい。

浅い睡眠だったから、まだ眠い。

部屋が薄暗いので窓の外を見ると、シトシト雨が降っている。

「雨かよ〜、会社をサボりたくなるじゃないか。

昨夜は綺麗な月が出てたのに」

　　　　　　　　　🍃🍂🍃

ブツブツ文句を云いながらも、支度して、

ビニール傘を手に持った。

「会社には、絶対にいい傘なんか持ってかない。過去に数本も持って行かれたからな。

全く罪の意識はないのかね」

廊下に出てドアに鍵をかけエレベーターの前に立った。

チン！

エレベーターが止まり、ドアが開いた。

「風間さん、おはようございます」

「おはようございます杉田さん、アッ！」

「風間さん、どうかしました？」

「今日は不燃ゴミの日でしたね、杉田さんのそのゴミ袋を見て思い出したもので」

「あら、どうします？取りに戻りますか？」

「いえ、時間もギリギリですし、このまま降ります。お騒がせしました」

【閉】のボタンを押して、エレベーターは動き出した。

一階に着き、杉田さんと挨拶をして別れ、ホールを歩きながら颯太は掲示板を見た。

「ん？」

颯太は、『一気に老け込む』、と評判の悪いメガネを鞄から取り出すと、それを掛けながら掲示板に貼ってある、一枚のポスターに近づいて行った。女の子の写真が載っていた。

　　　　　　🍃🍂🍃

心臓がドクドクと音立てるのが聴えて来そうだった。

【花山由紀恵　16歳。　桜ヶ丘高校2年】

8月2日（月）から行方不明。

身長　162        体重　49

昼休みが終わっても、教室に戻って来ていない。

目撃○報…：　警察○•：まで……△△△

颯太は、よろよろとソファーに座った。

　　ーー昨夜のあの子だーー

行方不明？　8月から今も？でも居たぞ！

俺は見たんだ、真夜中の公園のベンチにこの子が居たのを。

《通報》を……　でもどこかへ行ってしまったし。

警察に、なんて説明する。

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深夜に公園のベンチで弁当を食べてたみたいです。

云えるか？相手は警察だぞ。

下手したら俺が何だか疑われそうだ。

この場合は無視だろう、うん、無視するしかない。

颯太は自分にそう言い聞かせ、マンションから出るとビニール傘を開き会社に向かった。

「よう！おはよう風間、雨になっちまったな」

「おはようございます、清水課長」

「ん？どこか体調が悪いのか？顔色がよくないぞ」

「えっ？いえ、そんなことはありません。元気です」

「それならいいんだ。最近、残業が続いているからな。上司としては部下の健康にも目を配らないとな」

「清水課長は優しいですね。僕はいい上司に恵まれました」

「褒め過ぎだろう」

そう云って笑いながら俺と課長は並んで歩いた。

課長は高級そうな傘をさしていた。

「そういえば風間」

「はい、何でしょう」

「女子高校生が行方不明になっているのを知ってるか」

颯太は、驚いて課長の顔を見た。

「その顔は知ってるようだな」

「いま住んでるマンションのロビーに、その子のポスターが貼ってあるもので」

「そうか。実はその高校生は、次長のお孫さんなんだそうだ」

「お孫さん……次長の」

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「あぁ、宮國次長は、肩を落としているようだ。当然だがな」

「そうですか……」

「しかし、こうも手掛かりが無いのもなぁ。

身代金の要求があったわけでもないらしいし。狐に摘まれた状態らしい」

俺の職場に関係してたのか、あの子は。

その日は一日、颯太は仕事に身が入らなかった。

あの子だと思うんだよな。

だけど、段々自信が無くなってきた。

むしろ別人であればいいと颯太は思った。

雨は、いつの間にか止んでいた。

今日もまた最終電車にギリギリで間に合った。

夕食は駅前のコンビニで買う日が続いている。

この時間だと、ろくな品が残っていない。

「うう、さぶっ！早く帰って暖房つけて、暖まりたい」

「近道とはいえ、ここを通るのは、やはり気持ちのいいもんじゃないな」

颯太はそう云って、公園に続く道へ入って行く。

ガサガサと葉音を立てながら、颯太は狭い道を通り抜けた。

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最初にベンチに目が行った。

「良かった、今夜は誰もいない」

颯太はホッとしながら、歩いた。

そして昨夜のベンチに近づいたその時、

颯太は立ち止まった。

……本だ。本を持ってきてる。

ベンチには誰も座っていないし、周りに誰もいない。

だけど、どうしてだろう。

あの女の子が、このベンチに座って本を読んでるのが見えた気がした。

間違いない、あの子はここに座っていた。

何故、そう思うんだ、俺は。

気配……そうだ！気配だ。

女の子が居た気配が残っているのだ。

俺は夏までは、別の道を歩いて帰宅していた。

だから女の子が半袖の時は知らない。

だが、ここに座っている女の子は、確かに夏だ。

その頃の彼女の気配がまだ漂っている。

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俺は幽霊も見たことがないし、霊感なんて無いと思っている。

いつの間にこんな……。

「あっ今、俺は酷いことを思ってしまった。

女の子は生きている。必ず行きているのだ。幽霊などになるわけないだろう」

宮國次長、申し訳ありませんでした。

「とにかく帰ろう。思考が働かない」

颯太は早足でマンションまで歩いた。

そして、エレベーターに向かい、ロビーをまっすぐ進んだ。

意識して掲示板を見ないようにして。

ちょうど一階に止まっていたエレベーターに乗り込み、自宅のある階のボタンを押した。

部屋に入ってから颯太は親友に電話をかけた。

「あ、もしもし、晃司？ごめん、こんな遅くに。寝てた？」

「いや、まだ起きてる。どうかしたのか？

颯太が電話してくるのも珍しいけど、時間も遅いし。何かあったのか」

颯太は、自分が体験したことを、洗いざらい話した。

晃司は黙って聴いていた。

「晃司はどう思う？俺は変になったのかな」

「それは無いと思うぞ。そういったことは、あると僕は思う。その……“気配”は僕も感じたことがあるし。結構みんな経験あるんじゃないかな」

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「そうか、良かった」

「ただ……」

晃司の言葉を訊いて俺に緊張が走った。

「気になるのは、夏にあった出来事が、何故いまも気配を感じるのか、だな」

「やっぱりそう思うか？俺もその子が半袖姿なのが引っかかってるんだ」

「それを考えると、颯太の感じてる彼女の

気配は夏の残像みたいなものなのかもな」

「……」

「僕も詳しいわけじゃないから、正直、分からないのが本音なんだ」

「うん、俺も全く同じだ、分からないんだ」

「明後日の土曜日、颯太は仕事は？」

「無い、休みだ」

「僕もだ。よければそっちに行ってもいいかな」

「晃司が来てくれるんなら心強いよ」

「じゃあ昼前に行くよ」

「分かった。悪いな、休みなのに」

「ハハハ、野次馬根性さ。そろそろ寝るわ、

颯太も考え過ぎないようにして寝ろよ」

「ありがとう。おやすみ」

俺は少し肩の荷が降りた気分だった。

まだ何も解明出来ていないが、一人ではなくなったことが俺の気持ちを楽にしてくれたのだった。

「さて今夜はぐっすり眠れますように」

ベットに入って部屋の灯りを消すと、あっという間に俺は眠りについた。

　　　　　　（前篇　終）