【童話】大きな樹の話
ある幼稚園でのことです。
先生が、云いました。
「みんなで花壇の花に、お水をあげましょうね」
園児たちは、「はーい」と返事をして、
色とりどりのお花にお水をあげました。
一人の女の子は、花壇には行かず、広いお庭にある、大きな樹のことを見ていました。
そしてその子はジョウロにお水を入れて、大木の下に行きました。
そして、樹の周りに水をかけました。
とても大きな樹なので、女の子は何度も何度も水を汲んでは大木のところへ行き、お水を根元に、かけてあげました。
それを見た、幼稚園の先生が、女の子に云いました。
「この大きな樹には、お水をあげなくてもいいのよ」
女の子は、何でだか分かりません。
先生は続けました。
「土の下には、大きな根っこがたくさんあって、雨で溜まった水を吸い上げてるから大丈夫なの」
女の子は云いました。
「それなら、なんで花壇の花にはお水をあげるの?」
先生は云いました。
「か弱いから、守ってあげないとね。
それにキレイなお花に咲いてもらいたいでしょう?」
確かに、大木には花は咲きません。
けれど、真夏の暑さから守ってくれます。
お昼寝の時間には、心地よい葉の音を聞かせてくれます。
先生が室内に行ったあとも、女の子は、大きな樹の下に座っていました。
大きな樹は驚いていました。
今まで自分に水やりを、する人などいなかったからです。
なんとも言えない気持ちになりました。
《嬉しいって、こういった気持ちの事を言うのかな》
大きな樹は、そんな事を思っていました。
帰りの時間になり、園児たちは先生の後ろを歩きます。
女の子も途中でみんなと別れ、家に帰りました。
段々と、風が強く吹き始めました。
雨も降り出し、徐々に横なぐりの大雨になっていました。
女の子のお母さんが、
「天気予報で台風が来るって言ってたわね。被害が出ないといいのだけど」
窓が、ガタガタ揺れています。
お母さんは、停電や断水に備えて、懐中電灯を家の、あちこちに置き、お風呂には水をはり、お鍋やバケツにも満タンに水を入れました。
お父さんは、明日の朝の事を考えて、ビジネスホテルに泊まることになりました。
女の子は、あの大きな樹は大丈夫かな、と思いながら眠りにつきました。
その頃、大きな樹は荒れ狂う風に負けまいと、踏ん張っていました。
周囲の樹は何本も折れ始めています。
仲間達を見て大きな樹は悲しくなっています。
枝は何本も折れて、下に落ちたのもあれば、強風に飛ばされていくものもありました。
花壇はもはや、メチャメチャでした。
それを見て大きな樹は益々、悲しくなりました。
「昼間、幼稚園の子供たちが、手入れをしていたのに」
夜が明けました。
昨夜のことが嘘みたいに青空が広がっています。
幼稚園は、休園になりましたが、女の子は、樹の事が心配でしたので、お母さんに、すぐ帰ると約束をして幼稚園に出かけました。
そこには見た事の無い風景が広がっていて、女の子は立ち尽くしていました。
花壇の花は、全部折れていました。
庭中、枝や葉っぱだらけです。
片付けに来ていた先生たちは、女の子に気づくと、驚いて駆け寄ってきました。
「どうしたの? 今日は幼稚園はお休みなのよ」
「知ってる」
女の子の答えに先生たちは、首をかしげました。
女の子は、直ぐにあの大きな樹のところへ走って行きました。
樹が無事だったので女の子はとても喜び、樹に顔を付けて、抱きしめました。
樹は言いました。
「昨夜は怖かったろう? 眠れたかい」
女の子は「うん!」と返事をして、落ちている枝を見つけると、悲しくなって泣きそうな表情になりました。それを見た樹は、
「大丈夫だよ。悲しまないで」
そう女の子に呼びかけました。
女の子は、頷き、また樹を抱きしめました。
「ありがとうね。心配して来てくれて。
「お母さんが待ってるから、もうお帰り」
「うん! 良かったなぁ。折れてなくて、良かったなぁ」
女の子はそう云うと、
「また明日ね」と、言いながら、樹を撫でて、帰って行きました。
大きな樹は、感激しました。
「こんなに大きいのに優しくしてくれた。
良かったなぁ。チューリップでも桜草でもないけど、心配してくれた。
良かったなぁ、嬉しいなぁ」
大きな樹は、しみじみと、そう感じました。
おしまい
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