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【朝日の射すキッチン】

彩音は自宅のキッチンがとても好きだ。

朝日が射して、明るくて。


このグリーンの寄せ植えは、本物ではない。

人から頂いた創り物の植物たち。


彩音は、それでも結構、好きなのだ。

水やりや、温度を気にかけずに済む。


日頃から彩音は思うことがある。


“造り物は、そんなに悪いのだろうか”

“本物じゃないと、駄目なのだろうか”と。

彩音は30を過ぎている。

短大を卒業して直ぐに就職をした。


あまり物欲が無いので、そこそこの貯金がある。

いま住んでいるマンションも古いから家賃が安い。

周りから、『そろそろ本物を身に付けないとね。結婚のことも視野に入れてね』

そう云われる事が増えた。


彩音の周りの友達も、デパートで高い洋服や、腕時計を買うようになった。

彩音は、と言えば相変わらず「ユニクロ」で買い物をしている。


欲しい物がある時は、アウトレットで購入することにしている。


         💄👗👜


最近は友達から、

「彩音は付き合いが悪くなった」

そう云われる。


[女子会]と呼ばれる集まりに、彩音は、参加しないからだ。


「だって高いお店ばかりでやるんだから。

会費が1万超えってなんなの?」

そう思うから、参加しないだけだ。


お店の場所が、重要らしい。

南青山や赤坂、銀座。

「料理にお金がかかってる訳じゃなく、場所代だと思うけど」

そう思うと、行こうという気持ちが失せてしまうのだ。


「私が捻くれ者なんだろうか」

「少しは余裕があるのだから、参加する方がいいのかなぁ」


でもねぇ……。


         💄👗👜


面倒くさい年齢になったなぁ。

彩音はそう思う。


勤務先には50代の女性も数人いる。

彼女たちも、よく食事会をやっているようだ。

[女子会]ならぬ、[マダムの会]と云うらしい。


「私は時代に置いて行かれてるのだろうか?」

そんな不安がよぎることがある。

     《生きずらさ》

この言葉の意味が少しずつ分かってくる。


「彩音、今度こそは、付き合ってもらうから、そのつもりでね」

憂鬱な月曜日、重い足取りで出社した途端に同僚にそう云われた。


ついに、私も女子会デビューか。彩音はとうとう観念した。

でも、よく訊いてみると、何か違う。


女子会よりもっと参加したくないアレだった。

      [合コン]


やだーやだー合コンだけは嫌だー!

彩音は叫んだ。

同僚は、そんなことにはお構いなしだ。

「明日、仕事が終えたら行くから、着ていく服とか考えておいて」


そう云って去っていった。


彼氏とか要らないから行きたくないよー

服とか持ってないから行きたくないよー


彩音は一日中、心の中で、そう叫び続けた。


         💄👗👜


しかし、その日は来てしまった。

ただ、救いはあった。

高いお店で合コンをするわけではなく、驚いたことに場所は《居酒屋》だと云う。


いつもよりは少しは、いいかな?

その程度の服装で彩音は来ていた。

と、いうか高い服は持っていないからだけど。


彩音は同僚に訊いてみた。

「合コンは、高いお店でするものだと思ってたけど、居酒屋でもやるんだね」

すると同僚は、

「居酒屋でやるって昨日教えたじゃない。

だから、着てくる服装を考えてって」


「あれ?そうだっけ」

「全く人の話しを聞いてないんだから。

今日くる人の両親が居酒屋をやってるのよ。『是非、使ってください』って云われちゃったの。だからね」


「いい人ですね」

彩音の言葉に、同僚はムッとしたようだ。

「あのね、30過ぎてる大人の男女が居酒屋で合コンする?学生じゃあるまいし」

同僚は、そう云うと、さっさと行ってしまった。


「いい人だと思うけどなぁ」


         💄👗👜


その日の仕事が終わり、彩音たちはロビーで待ち合わせて、居酒屋に向かった。

「居酒屋かぁ、行く前からテンション落ちるわ」

「まぁねぇ、でもお店の場所は中々よ」

「えっ、どこどこ」

「渋谷。道玄坂にあるみたい」

「それはポイント高いね」



「そうだ、彩音のそのイヤリングはどこの?」

「どこって?」

「ブランドよ、ブランド」

「これ、私が造ったの。可愛いでしょう」

「手造りなの!ウソ!」

「嘘なんてつかないよ。浅草橋の問屋さんで選んだパーツを自分でイヤリングにしたんだから」


何故か皆んなは、黙ってしまった。

「合計、1000円くらい」

「もういいわ……」


         💄👗👜


私たちは、贅沢にもタクシーで渋谷に向かった。

彩音は心の中で、タクシーに乗ったの、いつぶりだろう。そう考えていた。


15分ほどで渋谷に到着し、そこから道玄坂のお店まで歩いた。


「あった、あった、このお店だわ」


白い8階建てのビルの一階に居酒屋があった。

[居酒屋 お多福]


「はぁ〜〜」

皆んなは、何故かため息をつていた。

「彩音、あなたが先に行ってくれる」

「私が?いいですよ」

彩音は、“酒処 喰い処”と書かれた紫色ののれんを潜り、店内に入った。


「いらっしゃいませ〜」と、店主らしい男の人が迎えてくれた。


彩音が、キョロキョロしていたら、

「あの、もしかしたら『加藤印刷』の方ですか?」と、声を掛けられた。

見ると、男性が5人で、テーブルについていた。


「はい、そうです」と答えると、男性達は、笑顔になった。

「ようこそ、今日は宜しくお願いします」

そう云われて、彩音は慌てて、

「あ、皆んなを呼んで来ます」と、外に出た。

「あちらの方たちは、もういらしてます」


それを訊いて女性陣は中に入った。


         💄👗👜


先ずは自己紹介から始めた。

男性達は、皆さん、誰でも知っている大手の会社に勤めていた。

それを訊いた女性陣の顔が変わった。


さっきまで嫌そうだったのが嘘のように、瞳を輝かせている。

そして一人の男性が立ち上がり、

「こんばんは。斎藤裕一といいます。今日は、ご無理を云いましてすみません。  この店は僕の両親が営んでいます。息子の僕が云うのも変ですが、料理も旨いと思うので、どんどん頼んでくださいね」


先ずは飲み物から、と言う事で男性は全員が生ビールを、女性陣は各々の好きなものを注文した。

それらが来て、みんなで乾杯をした。


女性陣は男性たちと、会話を始めた。

彩音はメニューを隅々まで見て、料理を注文した。


テーブルに置かれた料理は本当に美味しそうだ。

早速、小皿に取り分けて彩音は食べ始めた。

「うわ!すっごく美味しい!」

思わず声が出てしまった。

「みなさん、お料理とっても美味しいですよ」そう云って見たが、食べるのは、男性だけで、女性陣はひたすら男性たちに質問している。


「温かい内に食べたらいいのに」

彩音は一人で黙々と食べている。


その様子を、先程の斎藤さんがニコニコして見ている。

彩音は男性たちとの会話はせずに飲んで食べた2時間だった。


         💄👗👜


各自、メアドの交換をしたらしい。

彩音は誰とも交換しないでいたら、

「良かったら、僕とメールアドレスを交換してもらえますか?」

斎藤さんが声をかけて来たので、彩音は彼とだけ交換をした。

飲食代は、男性たちが支払ってくれた。


数週間後、合コンのメンバーだった女性たちが、何やら騒いでいる。

「あの居酒屋があったビル、居酒屋の自社ビルだって!」

「ええ!本当に?」

「二階から上は会社が入っているらしく、最上階は、居酒屋家族の自宅ですって」


「渋谷よ、道玄坂よ」

「資産価値、すごいよね」

「しまった、息子とも話しをすれば良かった」


「ところが……」

「なによ、急にトーンダウンした声で」

「みんなも、これを聞けばトーンダウンするわよ。だって」

「もう、買い手がついたみたい」


「えっ!もう?誰なの?先日のメンバーの中にいるの?」

「いる。あそこに」


彼女たちの視線の先では、彩音がペットボトルのお茶を飲んでいた。

「うっそ……彩音なの?」

「そうらしいの」

「プロポーズされたのかしら」

「したみたい、それも何回も」

「何回も?なんで?彩音が、はいって返事しないから?」


「そんなわけないよね、資産家の息子だよ?」

「じゃあ、なんで何回もプロポーズするのかしら」


         💄👗👜


あの合コンの翌日に、斎藤は彩音にメールを送った。

「一緒に映画を観ませんか」

そういった内容だ。

彩音は、「いいですよ」と、返事をして2人で映画を観て、そのあと食事をした。

その時、斎藤はフランス料理に彩音を連れて行く予定だったのだが、彩音が

「緊張するので、違う料理でもいいですか?」と、斎藤に頼んだ。

斎藤は、心良く、彩音の行きたいお店にしてくれたのだ。


彩音が行きたかったのは、お好み焼き屋さんだった。

2人で二種類のお好み焼きを食べた。

「彩音さんの、そのイヤリング、先日も付けてましたね。とても可愛いくて覚えてたんです」

「ホントですか?嬉しいです。自分で造りました」


「自分でですか、器用なんですね」

「その方が安くて助かるんです。浅草橋の問屋さんでパーツを買いました」


楽しそうに話す彩音を見て、斎藤の気持ちは決まった。

「あの、彩音さん、僕は将来は店を継ぐつもりでいます」

「そうなんですか。ご両親も喜びますね」

「そ、その時に、一緒に店を手伝ってくれませんか?」


「アルバイトですか?すいません。私は今の職場のことが好きなんです。

夜からアルバイトは体力的に無理だと思います」


「あ、えっと、そういう意味では……」

「違うんでしょうか?」

「アルバイトではなくて、ですね」

「正社員で、ですか?」

「正社員とも、違いまして……すいません、またの機会にします」


こんな感じで、2人は何回かデートをした。

ある日、斎藤は彩音を自宅に招待をした。

「私などが、お邪魔してもいいのでしょうか」

「もちろんです、両親も喜ぶと思います」

「ありがとうございます。ぜひ伺います」


「良かった〜」斎藤は額の汗を拭った。


「あの、一つだけお聞きしてもいいですか」

「なんでもどうぞ、聞いてください」

「斎藤さんのお宅のキッチンに、朝日は当たりますか?」

斎藤は、笑顔で答えた。


「はい!さんさんと」


彩音は嬉しいそうに笑った。


     了


















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