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秋からの便り

ここの銀杏並木はとても人気がある。

道に黄色の葉が敷き詰められる頃には、

一年の内で一番人が訪れる。

それはまるで一枚の絵画のようでもあり、映画のセットのようでもあった。


そういえばテレビドラマやCMでも、目にする機会は多い。

私は一人で並木道を歩いていた。

落ち葉を踏む、サクサク シャワシャワという音色が秋の深まりを感じさせる。


「ここもだ。以前は大きいサイズの靴屋があったのに、建物ごと消えてしまった」

貴方は脚のサイズが大きかったから、重宝してたのにね……。

ゆっくり歩いて来るあいだ、数年前まであったお店が三店舗無くなっていた。


幸せな思い出も、そうではない思い出も、

一緒に消えてしまったような淋しさを感じた。


前方には何やら人集りが出来ていた。

女の子たちが弾けるような声を上げている。

「たぶんアイドルの子かな」

そう思いながら通り過ぎようとした時、

「アッ!」

という声が訊こえた。


私は立ち止まり声のした方を見た。

そこには懐かしい人が笑顔で私を見ていた。

   [5分休憩しまーす]

中年に差し掛かった男性が叫ぶと、ワラワラと人々が散らばった。


懐かしい人も走って私のところまで来てくれた。

「お久しぶりです花純さん」


「本当に久しぶりだね滋くん。仕事みたいね」

「ええ、売り出し中のアイドルの撮影です。既にたくさんのファンが付いてますが」


「すごいものね、女の子たちの数が。滋くんは相変わらず忙しそうね」

彼は大きな声で笑うと、

「俺なんて、まだまだ下っぱですから。やることだけは山積みで。給料は上げてくれないけど」


「頑張ってるんだね」

私がそう云うと、滋くんは少し考えてから

「あれから兄貴とは、連絡……」


  [休憩終わりー!仕事に戻って]


「また会えるといいね、お仕事頑張ってね」

「ありがとうございます。じゃあまた!」


彼は恋人だった人の弟さんだ。

番組制作会社に勤めている。

かなりキツい仕事なので長続きしない人が多いと訊いている。

滋くんも何度も辞めようかと悩んでいた時期があったらしい。

だから今でも続けている彼を見れて嬉しくなった。


      3年前


「会社には戻らないって、どうして」

私は恋人の圭吾の言葉が信じられなかった。

「だってあのことは冤罪だったと証明されたし、犯人も認めたじゃない。なのに」


圭吾はデザイン事務所でイラストレーターの仕事をしていた。

だが、

“あること”のせいで圭吾は逮捕されてしまった。



圭吾が逮捕されるようにした人間。

それは以前、圭吾と交際していた女だった。

彼女は嫉妬深く、常に圭吾を監視するような性格で、日に日に酷くなる彼女の猜疑心に我慢の限界だった圭吾は別れを切り出した。


彼女は信じられないと云った風で、

「貴方を愛してるから嫉妬するのは当然だし、私だけの圭吾でいて欲しいだけよ」

だが、そうした考え方を受け入れられない圭吾は彼女から去った。


それから半年経ったころ、圭吾のところへ警察が来た。

別れた彼女が警察に

「元彼から監視されている」と届けたからだった。


何の話しだかさっぱり判らない圭吾に警察は、届けた女性の部屋から盗聴器が、そして彼女の車にはGPSが取り付けられていたことを告げられた。

彼女は何度も警察に行っては泣きながら

「怖い」「助けて」と訴えていた。


自分から別れて欲しいと云った。

すると圭吾は逆上し、あまりに怒鳴り散らすので殺されるのでは、と恐怖を感じた。

そんな大嘘を毎回、警察に相談していたのだ。


いくら圭吾が自分はそんなことなどしていない。

彼女の云ってることは全て嘘だし、ましてや盗聴器やGPSなど取り付けてなどいない。


そう云ったところで無駄だった。

やってもいないことで逮捕された圭吾を事務所は解雇した。

彼は諦めずに弁護士と話し、裁判を起こした。


そしてようやく冤罪だと認められることとなる。

弁護士に鋭く追求された彼女は、仕方なく自分が云ったことは嘘だったことを認めのだ。

盗聴器もGPSも自分で取り付けたということも。


しかし裁判の結果も待たずに自分を解雇した会社に圭吾は戻らなかった。

弁護士も、その方がいいでしょうとのことだった。

圭吾のようなケースをたくさん扱ってきた弁護士は、判決が出ない内にクビにするような会社に戻っても、結局はイジメ等で、本人が自ら辞めるように仕向けてくる場合が多いと訊いた。


私は何も云えなくなった。


続けて圭吾から、暫く一人で考えたいと打ち明けられた。

私は、黙ってうなずくだけで……。

『待ってる』と云う言葉を飲み込んだ。

圭吾の重荷にはなりたくない。


想いはそれ一つだった。


「3年かぁ。永いな」

そう呟いた。

黄色くなっている路に、自分の影が写っている。

ぼんやり見ていたら泣きそうになった。


「そろそろ帰ろう」

すると自分の影が少しずつ伸びた始めた。

落ち葉を踏む音と共に長くなっていく。


「永いあいだ淋しい思いをさせて、すまなかった」

久しぶりに聴く声。

「花純が付き合っている人がいなければ、

もう一度、僕と結婚を前提に付き合ってください」


「……」

「だめかな、やっぱり」

私は後ろを向いて3年ぶりに顔を見た。

圭吾は元気そうだった。


「あ、あの大きなサイズの靴屋さんが無くなってた」

「移転したんだ。今は僕の事務所の近くで店をやってる」

「僕の事務所……」


「うん、あれから考えたんだ。自分で会社を立ち上げようって。

最初は大変だったけど、ようやく軌道に乗って来た。これなら花純を迎えに行けると思えたんだ」


「圭吾が会社を。おめでとう」

「ありがとう。なんか照れるね」

「私がここにいるってよく判ったね」


「滋が連絡してくれたんだ。だから飛んで来た」

滋くんが……ありがとう。

「冷えて来たから、どこか店に入らないか。お茶でも夕飯でもいいよ」


「そうか、圭吾は社長さんなのよね」

「あ、でもそんなに高級なのは」

「3年分のご馳走様ですから」

「さん……」

「そう、だから美味しい紅茶とチーズケーキがいいな」


「花純」

「え?あっ」


……暖かいね、圭吾の胸。

本当なんだね、本物の圭吾なんだよね。


「待っててくれてありがとう」

「迎えに来てくれてありがとう」


二人の足元で、黄色い葉が幾つもくるくると回っていた。

そんな秋の夕暮れ。


       了












































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