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変わらぬ街  2話

オレは事情が飲み込めないまま、おじさんの車に乗った。

そして訊いてみた。

「あの、すいません」

「仕事のことだろう」

「はい。その……弟さんの会社の仕事って」

「え〜と、キミの名前はなんていうの」

「中谷彰です」


「中谷君は健康そうだし、若いから向いてるかもしれない、そう思ったんだ」

「はあ」

「掃除の仕事だよ。ただし普通の掃除ではないんだ。訊いたことがあると思うが『孤独死』や『ゴミ屋敷』の清掃なんだ」


「……」

「仕事が仕事なので続かない人が多いんだ。弟は給料は結構出してるんだが」

ゴミ屋敷に孤独死の部屋の掃除。

想像したことも無かった。

テレビで観るゴミ屋敷は、どこも強烈だよな。

加えて孤独死……。


「中谷くん、着いたぞ。ここが空き部屋が出た物件だ。さ、降りてくれ」

オレは空き部屋を見るのが少しばかり怖い。

安い家賃のアパートだ、かなり痛い部屋の可能性がある。

おじさんは一階の玄関のインターホンを押した。

中からドアを開ける人の影が映る。


「やあ、吉田さん、ご苦労様」

そう云って体格のガッチリとした50代であろう男性が笑顔で迎えた。

「急で申し訳ない。彼がアパートを探している中谷彰君です」

「こ、こんにちは。中谷です」

「いらっしゃい。大家の小川といいます。

納得がいくまで観ていってください。

吉田さん、鍵」


大家の小川さんがおじさんに鍵を渡す。

「では早速、部屋を中谷君に見せて来ます。中谷君、部屋は2階の角部屋だ。行くよ」

「はい」

オレはおじさんの後について階段を登る。

ドアが四つ。

一番奥まで行き、おじさんはドアの鍵を開けた。


「中谷君、どうぞ」

オレは頷くと部屋に上がった。

き、きれいだ。

床はフローリングで壁は真っ白。

あ、エアコンまである。

「降り返ってごらん」

おじさんに云われてオレは後ろを見た。


「あ!あれって」

「ロフトがあるんだ、広く使えるだろう?」

スゲー! いったいいくらなんだ家賃。

おじさんは分かっているんだろうか。

[家賃の安い部屋]ってオレは云ったぞ。

「そしてここが浴室になる」

オレは、そのドアを開けながら、ユニットなんだろうなと、諦めながら中を見た。


「あれ?おじさん、これ」

おじさんは平然としている。

「ユニットバスじゃない。ちゃんとした風呂だ。トイレも無い」

「中谷くん、キミはこれから気力、体力を人一倍使う仕事をするんだ。仕事を終えたら湯船に浸かった方がいいに決まってるだろう」


僕らは一階の小川さんに鍵を返した。

「中谷君と云ったかな、どうでした部屋を見て」

「はい、すごくキレイでいい部屋でした」

「そうか。ありがとう」

「ただ……家賃が」

「高いかな、5万5千円じゃ。そうかぁ、う〜ん」


「ご、5万5、、、」

驚いたオレはおじさんを見た。

「中谷君、他には無いぞ。あの間取りで、その家賃は。それにアパートから駅までは

徒歩で15分。バスも通ってる」

「か、借ります、借りさせていただきます!借りさせてください!」


「中谷君、住んでくれるか。いやぁ良かった。握手をしよう」

オレは大家さんと、ガッチリ握手をした。

「ところで、中谷君は、どういう仕事をしてるんだい」

「あ、、と、、」

「わたしの弟の会社で働いてくれてます」


おじさんが云うと、小川さんは真剣な顔で頷いた。

「若いのに中谷君は偉いんだな。うん、いい人に借りてもらえて本当に良かった」


おじさんとオレは車に乗り込んだ。

「引っ越しの日が決まったら連絡を頼む。楽しみにしてるよ中谷君」

「はい!ありがとうございました」

「小川さん失礼します」

「こちらこそ。吉田さんありがとう」


車は発車した。

「はあ〜びっくりした」

おじさんは笑顔でミラー越しにオレを見ている。

「あの小川さんという人は、人徳者なんだよ。莫大な遺産を受け継いで、それをあちこちに寄付をしたり、施設を造ったりするような人だ」


「そうなんですか。確かにオレなんかにも偉ぶらずに接してくれたしな」

そうだ、忘れてた。

「あのアパートの名前は何ていうのか見てなかった」

「コーポ一二三」

「一二三……ってもしかしたらあの有名な人」


おじさんは笑いながら頷いた。

「小川さんは、将棋が好きでね、ひふみんのファンなんだ」

「オレも好きですよ、ひふみん。すごく優しいんですよね」

「らしいな、わたしは余り詳しくないんだが、それは訊いているよ。ところ中谷君は今夜、泊まるところは?」


「昨日が健康ランドだったので、今晩は初のカプセルホテルにするつもりです」

「そうか。引っ越す日はいつになる」

「荷物はカバン一つなので、直ぐにでも」

「明日、弟の会社に行って面接を受けられるか?仕事の詳しいことも、訊くといい。

給料もな。その上で中谷君がやりたくなければ遠慮なく断ってくれていいから」


「そうします。オレも早く働きたいし。たいした金を持って無いので、仕事をしないといけないので」


その夜は人生初カプセルホテルにオレは泊まった。想像していたより案外広かったし、テレビもある。

ビジネスホテルより安く済んで良かった。

明日は昼から、おじさんの弟さんの会社に行くことになった。

そして、いよいよ引っ越しだ。

体一つだし楽なもんだ。

布団だけは買ったので、明日にはアパート、いや〈コーポ一二三〉に届くように手配した。


さっきからアクビが出る。

流石に疲れが出てきたようだ。

オレは灯りを消して、寝ることにした。


爆睡して目が覚めたら10時近くになっていた。

オレは身支度をしてホテルを出た。

「朝メシと昼メシが一緒になってしまったな。腹がペコペコだ」

空腹過ぎて、何でも食べたい感じだ。


歩いていると、定食屋があったので、直ぐに入った。

ボリュームのあるカツ丼を注文。

出来るまでの間、スマホでゴミ屋敷と孤独死の清掃について調べてみた。


画像を見ることが苦痛になるほど、現場は凄い状態ものばかりだ。

予想はしてたけど、やはりネズミや例のあの虫が大量にいるらしい。

奴らは病原菌を持ってるから、感染しないように衛生面も注意が必要だと書いてある。


匂いもハンパじゃないらしい。

「カツ丼お待ちどうさま」

美味そうな湯気が立ち上る。

オレはスマホの電源を切って、カツ丼を

かき込んだ。

食欲がなくなったなどと云ってる場合じゃない。

どんなに過酷な仕事だろうと、後には引く事は出来ないのだ。

生きていくには。


      やるしかない。


  3話完結編に続く










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