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【約束の日】

一年前、海の傍に有る喫茶店で、初めて貴方に出会った。

窓際の席に一人で座って、海を眺めていた人。


その手は忙しいそうに、小さなスケッチブックの上を動いている。


隣のテーブルで、珈琲を飲んでいた私は、スケッチブックの中に、徐々に完成されていく海に、見惚れていた。


貴方は、視線を私に向けた。


絵を覗いていた私は、恥ずかしくなった。

「キレイですね」

やっとの思いで、そう云った。


貴方は嬉しそうな顔で、

「そうですか?ありがとうございます」


「自然を描くのは、難しいです。もう完成されていますから。それ以上の物を創りようがないからです」


貴方はそう云って、紅茶の入ったカップを口に持っていった。

一口飲んで、貴方は続けた。


「それでも、描きたくなるんです。なんでかな」


「画家の方ですか?」

私は訊いた。

「はい、『売れない』が、付きますが」

貴方は笑った。


「海が、お好きですか?」

急に、そう訊かれた。

「はい、とても」

私は答えた。


貴方は頷き、

「冬の海は、いいですね。夏の賑わいがなくて、海が自分を取り戻している。

でも」


  《水はとても冷たい》


そう云って、私を見詰める貴方の眼差しは、強い力を放っていた。


私は思わず視線を逸らした。

胸の鼓動が早くなった。


貴方は云った。

「一年後の今日、またここで会いませんか」


私は何も云えずにいた。

「一年後、待ってます」


貴方は、そう云って店を出て行った。


         ⛎✴️✳️


今日が、その日だ。

私は一時間早く、この店に着いた。


なんとか生きられた。

生きてきた。


「貴方のお陰です」

そう、告げたい。

あの日の貴方の眼差しが、私をもう一度、生きる道に、導いてくれから。


約束の時間になった。


ドアが開いて、人が入って来た。


歩いてくる、その足音は、


確実に私に向かっていた。


       (完)



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