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僕の 叔母さん

リン   リン   リン   リン   リン

パチッ


午前2時  バイトに行く時間だ。

最近は、目覚し時計が鳴らなくても起きられるようになった。

一応、念のためにセットしてるけど。

家族を起こさないように、小さな音にしている。

外に出ると、吐く息が白い。

夏の暑さも厳しいけど、真冬の寒さも結構、こたえる。

バイト先は新聞配達。

家から近いのが助かる。

「おはようございます!」

「おう! おはよう茂。今日も宜しく頼む」

僕は 「はい」と返事をして、自転車に新聞の束を乗せて、出発する。

風を切って自転車を漕ぐと、とたんに鼻も耳も冷たくなって痛い。

けど、僕の担当はエレベーターの無い、古い団地群なので、階段を昇り降りしてると、直ぐ体は温まる。



配達を終えて、家に戻るのが、だいたい4時くらいだ。

母さんは、もう起きてる。

「ただいまー」

「茂、お帰り。今朝も寒いね」

母さんは そういいながらも、お弁当を作る手は止めない。



父さんが早くに亡くなったので、母さんは仕事を2つ掛け持ちしている。

僕も何かして、少しでも家に お金を入れたいから始めたバイト。

中学に入った時から始めたから、春には

2年経つ。

最初は辛かったけど、もう慣れた。

食パンを焼いてると、母さんが牛乳をテーブルに置いてくれた。

朝ごはんを食べて、少しだけ仮眠をとってから学校に行っている。

その間に母さんは仕事に出かけ、僕は仮眠から起きたら弟の武と妹の由香を起こして、朝ごはんを食べさせる。


                      ✳️✴️✳️


「おはよー」

隣のマンションで暮らす叔母が来た。

「おはよう、叔母さん。僕たち、もう学校に行く時間だよ」

「知ってるわよ。寒いから風邪を引かないように、ミカンを持って来たの。

3人とも お昼に食べなさいね」

叔母さんはそう云って1人ずつミカンを手渡した。

「じゃあね。行ってらっしゃい。鍵をかけるのを忘れないで」

そうして叔母さんは急いで帰って行った。


叔母さんはバツ1 の独身だ。

元、旦那さんが、かなりのお金持ちの息子だったから、慰謝料にマンション一棟を貰ったのだ。


そのマンションに住むには条件がある。

母子家庭、父子家庭であること。

1人暮らしの お年寄り。

年金だけで暮らしている、お年寄りの夫婦でもいい。


こういった人達が住めるのだ。

家賃も、驚くほど安いみたい。

叔母さんの名前は夏子。

母さんは妹で、秋子。


叔母さんは僕らにも 『マンションに住めば』

そう云ってくれたけど、母さんが断った。

「有り難いけど、家は家でやっていくから、このアパートでいいの」

正直、僕はガッカリした。

夏子叔母さんのマンションならもっと広いから、住みたいと思ったのに。


『秋子は、ああ見えて頑固だからね』

叔母さんはよくそう云っている。


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僕んちには、祖父も祖母もいない。

母さんも叔母さんも施設で育ったから。

小さい頃は少し寂しかった。

お年玉を、もらえないのも、つまらないと思った。

けど、それを口には出さなかったのは、母さんに悪い気がしたから。

今はもう気にならない。

母さんや叔母さんの方から、施設で暮らしてた時の話をしてくるし。


夏子叔母さんは仕事はしていない。

けれどいつも忙しくしている。

1人暮らしのお年寄りの方に、手作りの料理を持って行ったりしているし、保育園の、お迎えに間に合いそうもないママさんの代わりに迎えに行く時もある。

生活費は家賃収入だけでいい。

それが叔母さんの考えだ。

安い家賃なので、そんなには入らないと思うんだけど、こんな風に結構、忙しくしている。

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夕方7時に、母さんは帰ってくる。

夕食は家族揃って食べる。

それが母さんが大切にしている決め事だ。

早朝から仕事をしているのも、そのためだった。

母さんはテキパキと食事の支度をする。


みんながテーブルにつくと、まずは手を合わせて、祈ることになっている。

    

《全ての人達が、食べることに困りませんように》

母さんが決めた祈りの言葉だ。

それから、やっと「いただきます!」

僕は腹ペコだから、つい早食いになってしまうので、母さんから毎回のように、

「ゆっくり、ちゃんと噛んで食べなさい」

と、注意されてしまう。



その夜、武と由香が寝た後で僕は母さんから、「話したことがあるの」

そう云われた。

「話しってなんだよ」

「茂も来年は受験生よね」

「そうだけど」

「将来、なりたい仕事はあるの?」

「仕事?」

「そう。茂は成績もいいし、進学する高校の事もあるから」

「う〜ん……」

「あるんでしょう。母さんに遠慮しないで云ってみて」

「だけど、お金がさぁ」

「遠慮しなくていいのよ。母さん絶対に何とかするから」

「だけど〜」

「もう! 男らしくハッキリ言いなさいよ」

「……」


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「お医者さんでしょう」

「えっ! あっ! どうして……」

「父さんが早くに逝っちゃったから、もしかしたらって思ってたのよ。茂は優しいしね」


「いいわよ。なりなさい」

「簡単に言うけど、医学部は、お金がかかるんだよ?」

「任せておきなさい」

「任せてって、どうやって」

「それは心配しないでいいの。それよりかなり頑張って勉強しなさいね。

話しは以上です。明日もバイトなんだからもう寝ていいわよ」



僕は「おやすみなさい」と云って子供部屋に行った。


母さん、分かってるのかなぁ。

医学部に進学出来たとしても、卒業するまで、またお金がかかるのに。

それに先ずは医学部に進学出来る余裕なんて無いだろう?


僕はモヤモヤした気分で布団に入った。


                        ✳️✴️✳️


そして僕は、中学3年になった。

「バイトはもうやらなくていいから、勉強に時間をかけなさい」

母さんに云われ、僕は塾に行くようになった。

公立の進学校を目指して、勉強の日々になり、塾の先生に言われた通りに、睡眠はきちんと取ることにしている。


ある晩、夏子叔母さんが訪ねてきた。

今日は妹の由香の誕生日だ。

叔母さんはケーキや、色々なご馳走を持って来てくれた。


その時、僕は叔母さんの顔色が悪いことに気づいた。

「叔母さん、大丈夫? あんまり顔色が良くないけど」

「そう? 元気だけど。 茂ちゃんが心配症なのよ」

「早く食べましょう。由香、ケーキのろうそくを吹き消して」

母さんに云われて、由香は思い切り、フーッと息をかけた。


おめでとう、由香。

おめでとう。由香ちゃんも10歳ね。


「早く食べようよ〜」と、武がせっつく。

「そうね、食べましょう」

母さんが、台所からお皿を何枚も持ってきた。

サラダや、ローストビーフ、その他にもご馳走だらけだ。

その夜は、母さんも叔母さんも、ワインを飲み、ケラケラと笑いながら話しに盛り上がった。




その夜から半年後、夏子叔母さんは、天国へ行った。

癌が全身に転移していたらしい。


マンションは売る手はずになっていた。

住んでいる人達が困らないように、不動産屋と何度も話し合い、一軒、一軒の引っ越し先の手配もしていた。


《遺骨は海に撒いて欲しい》


叔母さんの遺言通り、僕らは船に乗って、叔母さんの骨と花束を海に置いてきた。


「母さんは、夏子叔母さんの病気のことは知ってたの?」

「うん、一緒に病院に行ったからね。でも

姉さんは治療を断ったの。寿命までやりたいように生きるわってね」

「そうだったんだ」

「それでね、叔母さんから、茂にって預かっていた物があるの」

母さんはそう云って一冊の銀行通帳を僕に渡した。

開いてみて僕は驚いた。

かなりの金額が貯金してある。

「こんなに……」

「患者さんの身になれる医師になって欲しいって」

安い家賃の収入を、コツコツ貯めていたんだ。


僕は涙が出て止まらなかった。

その場でしゃがみ込んで泣き続けた。

母さんは、僕の背中をさすってくれた。



マンションを売ったお金のほとんどを、叔母さんは寄付をすることにしていた。

でも、相続税がかからない金額を、母さんに残してくれた。



僕は何とか医学部に進学。

まだ2年生だ。

けれどやはり勉強勉強の毎日を送っている。

立派でなくていい。

患者さんに、寄り添える医師になりたいと思う。

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夏子叔母さん、必ずなるからね。

ありがとう。


                     (完)







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