【童話】紫陽花
その子には友達がいなかった。
朝、学校に来てから帰るまで、一言も話さないで帰っていく。
でも、ぜんぜん平気な顔をしていた。
不思議だった。なぜ友達がいないのか。不思議だった、ずっと。
会話が嫌なのかな。
人が嫌いなのかな。
ある日の学校の帰り道、あちこちに
紫陽花が咲いていた。
紫やピンク、青や緑。
色とりどりの紫陽花がたわわに咲いている。
ある女の子が言った。
「この紫陽花だけ色がついてない。
◯◯さんみたい」と、友達のいない子の名前をあげた。
そんな事を言えるのは、『はないちもんめ』で誰からも、自分の名前を呼んでもらえない惨めさを知らないからだろう。
クラスの子たちが皆んなで鬼ごっこをしている。
自分だけ誘われなかった気持ちなど、まるで自分が透明人間になってしまったような寂しさなど知らないのだろう。
どっちがいいんだろう。
『はないちもんめ』で直ぐに名前を呼んでもらえて、鬼ごっこにも誘ってもらえるのと、自分以外の人の、寂しさや悲しさが分かるのと、どっちがいいんだろう。
ある日の授業で、グループを作り、研究発表をすることになった。
誰もその子を誘わない。
私は、黙っていられずに声をかけた。
「一緒にやろう」
すると突然、大声で、本当に大きな声で、その子は泣いた。
クラス中が驚いている。
たくさんの人の中で、自分だけ一人ぼっちでいることが、寂しくない人間は居ない。私はそう思っている。
梅雨の晴れ間で、久しぶりに青空が広がった日、あの紫陽花に薄っすらと、
ピンクの色がついていた。
「◯◯さんのようだ」
そう言った子は、それには気づきもしない。
私は嬉しかった。
本当に、嬉しかったんだ。
おしまい
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