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絶対、負けない!

私がまだ、小さかった頃、夏になると必ず、父の田舎に行った。

周りの家も、みんなそうで、都会で働いている息子や娘夫婦と、孫たちが帰省していた。


最初の数日は、祖父や祖母と一緒で楽しかったのだが、日が経つに連れて、孫たちは、段々と飽きてくる。


大人たちも、お見通しで、その為に、当番制で家々に行き、みんなで花火をしたり、お化け大会をしたりして遊んだ。


小宮琴美こと私もその内の一人だった。

大抵の家には孫が数人居たが、私は一人っ子だった。

それでよく、母に八つ当たりした。


「みんなのとこは、お兄ちゃんや妹がいるのに、なんで、家はわたしだけなの?

ずるいよ!」

そう云って、わたしはグズった。

その度に、母も父も困ったような顔をした。




自宅では7時には、寝るように厳しく云われていたが、田舎では何時まで起きていても、何も云われなかったのが、私は嬉しくてたまらなかった。


だが、日頃の習慣は恐ろしいもので、8時までが限界だった。

これも、きっと大人たちは、予定通りだったのだろう。


あちこちの家で遊んだが、その中で一番気が合ったのは、鹿山さんちの孫の周平だ。

私が、おてんばだったのか、周平が優しかったのか。


たぶん前者だろう。

周平は、かなりのワンパンな男の子だったから。

私は周平に、からかわれてばかりいた。

変な顔のお面を被るので、怖くて泣き叫びながら逃げる私を周平は、いつまでも追いかけてきた。


また、ある時は、いきなりワンピースの襟を引っ張られ、背中に氷を、入れられたこともある。


そのたびに、周平は両親から、大目玉だった。

演技力がある周平は、大人たちの前では、ヒックヒックと泣いてるフリをして、後ろにいた私を見ては、アッカンベーを、して見せた。




本当に、悪戯が大好きで、何度叱られようとも、周平は反省はしたことがない。

それなのに、私は何故か周平が気に入っていたのだ。

子どもは不思議だと思う。


周平は、5人兄弟の真ん中だった。

お姉さんと妹も居た。

だから、女の子と遊ぶのは、慣れていたのかもしれない。


けれど、男兄弟と遊んでいるところを、私は見た記憶がない。

とにかく夏休みは、周平は私と遊んでくれていた。


私は周平の両親と、周平本人の前で、

「こんなにたくさん兄弟がいるのだから、わたしの家に一人ください」

と、とんでも無く不躾なことを云ったことがあって、一緒にいた私の両親に、無理矢理、家に連れて帰されたことを思い出した。


いま思い出しても、周平に申し訳ない気持ちになる。

自分の大切な兄弟を、他人の私がくれなどと。

周平のご両親にも、合わせる顔がなかった。


けれど……。

まさか本当に、一人居なくなってしまうなんて思わなかったんだ。


その日は私の両親に頼まれて、畑にきゅうりと、トマトを取りに周平とカンカン照りの空の下を歩いていた。

真っ直ぐな道を、汗だくになって歩いていたら、周平が首から、襷掛けをしていたカバンを開けて中から、とうもろこしを取り出した。


歩くのが遅く、周平の少し後ろにいた私に「ホイ」と、云って、とうもろこしを投げてよこした。

慌ててキャッチした私はまた、わがままを云った。


「琴美、焼いてあるとうもろこしが食べたい」

周平は返事もせず、黙々と茹でたとうもろこしを食べていた。

私はしつこくまた云った。


「焼いてあるのがいい!」

「じゃあ、食うな」

そう、一言だけ云って、周平は芯だけになった、とうもろこしを脇の田んぼに投げた。


私は仕方なく、茹でたとうもろこしを食べ始めた。

驚いたことに、茹でとうもろこしは、とても甘かったのだ。

私の父が、焼きとうもろこしが好きだったので、私も焼いたのしか食べたことがなかった。


ビックリしている私の表情を見た周平は、ニヤっと笑った。

私は悔しくて、下を向いて食べ続けた。

少し塩がかかったとうもろこしは、今でも私の忘れられない味になっている。


お日様が山に、隠れようとしてる時、私と周平は、きゅうりとトマトをカゴいっぱいに収穫して帰るところだった。


歩いていると、周平は急に止まった。

そして、聞いたことの無い、小さな声で、

「あのな」

とだけ云った。

私は目を丸くして、次の言葉を待ったと思う。


けれど、そのあと周平は何も云わずに歩き出した。




その晩から私は熱を出して、それは翌日まで下がらなかった。

夕方の4時頃だった。

玄関の外から、

「ごめんください」と、女の人の声が聞こえてきた。

母が、「は〜い」と云ってドアを開けた。


そこには、周平のご両親と、周平と、見た事の無い、おじさんとおばさんが立っていた。

私の母が、

「あ、時間ですか」と云って、まだ布団に寝ている私を呼んだ。

「琴美ちゃん、ちょっといらっしゃい」


私はなんだか胸騒ぎがして、行きたくなかった。

周平は、ジッと地面を見ていた。

その様子を見て、私はますます布団から出たくなくなった。


「琴美ちゃん!早く来なさい」

母は半ば怒りながら、そう云って私を睨んでいる。

私は、仕方なく布団から出て、玄関に行った。


母が私を見ながら、云った言葉も声のトーンも、今でも耳の奥に残っている。


「周平君がね、外国に行くことになったのよ」


ガ・イ・コ・ク?

何それ、なに?どこのことを云ってるの?


「琴美ちゃん、今まで周平と仲良くしてくれて、ありがとうね。周平はこの方たちと、アメリカという国で暮らすことになったの。こちらのお二人が周平の新しいお父さんと、お母さん」


周平のお母さん。何を云ってるの?

新しいお父さん?新しいお母さん?

意味がわからないです。


「では、そろそろ。飛行機の時間もありますので」

「そうですね。ほら、琴美ちゃん、周平君に云うことはないの?アメリカへ行くのよ」


私は口から言葉が出てこなくなっていた。

周平は、まだ地面を見ていた。

「では、行きますので。さ、周平も」

周平のお母さんが、周平の背中を押して、外に出た。

玄関先で、周平のご両親と、私の両親、それに……新しい、周平の両親とで、お辞儀をしていた。




周平は、口を一文字にしている。

小さい私でも、その意味は直ぐに分かった。


泣くことを我慢している顔だった。


そして、皆んなで、歩き出した。

暫く見送っていた私の母だけが、帰って来た。

入れ違いに、私は表に飛び出した。


「琴美!琴美!戻ってらっしゃい。また熱が上がったらどうするの、琴美ちゃん!」


母の声が遠のいていく。

私は走った、早く行かないと、周平が行ってしまう。

何度も転んだ。でも、起き上がり、また走った。


先に周平たちの後姿が見えてきた。


「周平ーー!」

息が切れる中、私は無理して叫んだ。

先行く周平たちは、一斉に振り返った。

全員が驚いた顔をしている。


「琴美ちゃん、あなた熱があるんでしょう?帰らないと、みなさん心配してるわよ」

周平のお母さんが、私に駆け寄って、そう云った。


周平は、立ちつくしたまま、私を見ていた。

そして、ニヤっと笑ったかと思うと、肘を曲げて、ガッツポーズをして見せた。

そして歩き出した。




あ……。

やだ、また寝ちゃったんだ。

壁の時計を見る。

もうすぐ9時になるところだった。

また、夕食を作らなかった。


自分一人になると、これだから私は。

今夜辺りは、電話かメールが来るだろうか。

もう何日も、周平の声を訊いていない。


神さまは、あの時の私の願いを叶えてくれたのだ。


『たくさんいるんだから、一人家にください』


兄妹としてではなく、周平は私の夫となり、小宮家に婿入りしてくれた。

あの後、周平は里親とアメリカで暮らした。大学もアメリカの学校に進んだ。


周平は、他の兄弟たちと違い、一人だけ、母親の連れ子だったと、だいぶ後になって私は知った。

義理の父親からは、あまり可愛がってはもらえなかったらしい。


他の兄弟たちと、遊んでいるイメージがなかったのは、義理の父親の影響だったのだろう。


ル ル ル。 。 。


電話だ!

「もしもし、周平?」

「俺、大丈夫、以上。プープープー」


早っ!


まぁ、分かってはいたから。

安否が確認できただけ、良かった。


私はテレビをつけた。

ニュース番組をやっている。

繁華街で遊んでいる数人がインタビューを受けていた。


《家には帰らないのですか?よほどの用事がない限り、皆さん自宅待機のはずですが》

それを訊いて、その数人は笑い出した。


“何云ってるんすか、もう大丈夫っしょ。

ピークは過ぎたと思うなぁ”


私はテレビを消して、キッチンへ行き、

ココアを作った。

一口飲んで、自分を落ち着かせた。


私の夫、周平はアメリカの大学で医学部を卒業して帰国した。

そして今は、世界中を脅かせている、ウィルスと闘っている。

人手不足の医療機関で、次々と運ばれてくる患者さんたちを診るために、泊まり込んでいる。


医師だけではない。看護師はもちろんのこと、検査をする技師の人たち、医療に携わる人たち全てが、自分たちが感染するかも知れないリスクを背負いながら、朝晩問わず、闘っていることを、繁華街で遊んでいた人達に、どうやったら伝わるのだろうか。


そして、医療関係者の家族が、毎日、どんな思いで暮らしているのかを、ピークは過ぎた、そう云っている人達は、知るはずもないのだろう。


お願いします。

お願いします。

どうか、自宅で待機してください。

どうか、医療機関の現実を少しでもいいから、知ってください。


毎晩、心の底から私は祈る。


「さて、スタミナのつきそうな食事を作って食べるわよ。免疫力を付けるのも、感染を防ぐには大切だからね」


私には毎晩する、義式みたいなことがある。

肘を曲げてー、ガッツポーズ!からの〜

周平、頑張れー!


     了















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