見出し画像

#【楽しい田舎暮らし】2(最終章)

「2本でいい?足りないかな」

と、わたしは振り返った。

明美が怖い顔で私を見ていた。

「晴美さん、こっちへ戻るんだ!」

加山さんが叫んでいる。

「早く!晴美さん!」

訳の分からないまま、私は道に戻った。

明美は加山さんに云った。

「見たんでしょう?」

加山さんは黙っている。

「この際だから、はっきり云ってあげる。晴美は加山さんに相応しくないわ。

不釣り合いもいいとこよ」

「僕の婚約者に失礼なことを云わないで貰いたい」

「婚約者?まだプロポーズもしてないのに?」

「いや、プロポーズはした。晴美さんは受け入れてくれた。お互いの両親にも紹介した」

「ウソ。だって晴美は……」

「明美、ごめんなさい。騙すつもりはなかったのよ。加山さんには半年前にプロポーズしてもらったの。だけど明美には云えなくて……」

「なんで?なんで云えないのよ」

「僕が晴美さんに頼んだんだ、明美さんには云わないでくれと」

「どうして?」



「それは……」加山さんは下を向いた。

「それは、明美さんの僕への気持ちが分かっていたから。だから云えなかった」

陽が落ちて、辺りは薄暗くなってきた。

高台にある畑に風が吹き付けている。

「明美、危ないからこっちへきて」

「両親に加山さんのことを話したの。そしたら大喜びでね。申し分ないって。だから私と加山さんは結婚するの。晴美は私達の邪魔なの。だから身を引いてちょうだい」

「だから、そういう問題じゃないんだ。僕が晴美さんが好きで、晴美さんも僕を受け入れてくれた。それが全てなんだ」

「晴美、あなたも知ってると思うけど、私は8人兄弟で、女は私だけ。親に可愛がって貰ったことなんてない。毎朝3時に起きて家中を掃除してから学校に行ってた。今でもそう。夏休みは、お寺に預けられて、用事がある時だけ借り出され、早朝から深夜まで手伝わせされた。

私は自分が女であることを憎んだし、だからこそ必ず親が驚くほどの男性と一緒になるって決めて、今日まで生きてきたの」

だからお願い。加山さんのことは諦めてちょうだい」

「明美……」

「明美さん、辛かったと思います。でも僕の晴美さんへの想いは変わらない。申し訳ない」



風はますます強く吹き、ロングヘアーの明美の髪は、散らばり、時には明美の顔を覆い尽くし真っ黒な顔になった。

「……加山さん、どうしても私とは結婚できないというのなら、お願いがあります」

「僕にできることなら」

「赤ちゃんが欲しいの。だからお願い」

「えっ?何を云っているのか意味が……」

「私と加山さんの子供が欲しい」

「明美さん、本気で云ってるの?」

「この村は血族結婚が増え過ぎたの。だから新しい血が必要なのよ。加山さんなら最適だわ。その子が大人になったら、村の“長”になって貰う。そしたら両親が私を見る目も変わるはず」

「晴美さん、行こう。今夜中に帰るんだ。

幸い僕はまだ飲んでない。だから運転ができる。明美さん、お世話になりました。

失礼します」 

そう云って加山さんは私の手を引っ張った。

「明美、またね。お邪魔しました」

画像1

「しかし急だな」

「加山の用事なら仕方ないさ」

「悪いな、みんな」

「いいさ。加山が運転してくれるなら、寝て帰れる」

私たちは車に荷物を詰め込んで村を後にした。

途中、あの畑の側を通ったが、明美はまだ一人で立ったいた。

漆黒の闇が当たりを包み始め、明美を飲み込んでいく。

人気のない山道を、ひたすら車は走った。

『そうか、明美が私にウエディングドレスを試着したら、と勧めたのも、指輪をはめてみて、と云ったのも、実際に人が着たらどんな風になるかを見たかったのね。

自分が着た時の参考にしたかったんだ』



車の中は、音楽の話でワイワイと盛り上がっている。

私は聞いてみた。

「みんなは田舎暮らしをどう思う?」

「俺はやっぱり都会がいい」

「海の近くならいいかな。サーフィンが出来るし」

「テレビとか観てると、毎週末バーベキューをやってる印象があるな」

そうなのだ。

楽しく暮らしている人もいるのだ。

けれど一歩間違えると、この村のような場所もある。

山を下りながら私は明美が心配だった。

「休み明けにまた会社でね」

そう呟き、私たちは村から出た。

画像2

夏休みが終えて数日経ったが明美はまだ会社に来ていない。

電話もメールも私はしていなかった。

なんとなく……しにくくて。

それでも気にかかる。

私は思い切って席を立った。

「課長、お忙しいところすみません。あの、柳さんから何か連絡はあったのでしょうか」

「柳?誰だ柳って」

「えっ、柳さんです。柳 明美さんですが」

「そんな人間、うちの課に居ないだろう。大丈夫か杉田。しっかりしてくれよ、今日から新人が入ってくるんだし」

「新人が?」

「おぉ来たか。入ってきなさい」

見ると若い男性が入り口のところに立っている。

課長の言葉に彼は一礼すると部屋に入ってきた。

「お〜い、みんな集まってくれ」

みんなは手を止めて、急いで整列をした。

「今日から新人が入る。みんな宜しく頼む。本田君、短くていいから自己紹介をしてくれ」

その若い青年は、はい、と云って話し始めた。

「本田 三郎といいます。就職浪人して、やっと御社に入ることができました。

早く皆さんのご迷惑にならないよう、会社のために役に立つように頑張りますので、ご指導のほど、宜しくお願い致します」

本田君は頭を下げた。

拍手が起こり、頑張れー、しごくぞーの声が飛び交い、ドッと笑いが起きた。

課長が「本田君のデスクはここだ。もう長いこと使っていなかったので良かったよ」

そこは明美の席だ。

長いこと?どういう意味か分からない。




仕事が終わり、私は加山さんと待ち合わせをしてレストランで食事をした。

頭が混乱していて料理の味も感じられない。

「そういう訳で、挙式は少し先になりそうなんだ。でも入籍はするし、晴美さんには僕のマンションに引っ越してきて欲しい」

「……」

「晴美さん?聞いてる?」

私はハッとして、「聞いてます」と答えた。

「なんだか具合が良くなさそうだから、この先の話しは、また今度にしようね」

「加山さん」

「なに?」

「明美のことですが」

「あけみ…さん?晴美さんのお友達かな?」

やっぱり覚えてない。

私以外の人の記憶から明美は消えている。

「いえ、何でもないです。このスイーツ美味しいですね」

「だろう?カシスは僕も好きなんだ」

画像3

今回の音楽サークルの合宿は、信州のコテージに決まった。

2回、明美の家で合宿をしたのを、誰も覚えていない。

今回の合宿が1回目だと思っているみたいだが、「懐かし気がする」

「初めてとは思えない」と、口々に云っている。

今回は電車で来た。

数日間の合宿を終えて、私たちは駅に向かって歩いていた。

若い女の子とすれ違った時、

「ちょっと道を訊いただけなのにね」

「感じ悪いおばあさんだったね。大根しか見ないで見向きもしないし」

私は凍りついた。



その子たちの後を追って話しを訊いた。

私は加山さんのところへ行き、

「大学時代の友達がこの辺りに住んでいるのを思い出したの。電話したら家にいるっていうから、会ってこようと思う。だから先に帰ってて」

加山さんは驚いた様子だったが、直ぐに

「分かったよ。晴美一人で帰ってこれる?」

「子供じゃないんだから帰れるよ。みんなに伝えておいてね」

そう云って私たちは別れた。

私はさっきの女の子たちに訊いた道を歩き出した。

かなり急な坂道を登り、竹林の中も歩いた。

登りきったそこには見慣れた風景が広がっていた。

お婆さんは、やはり大根を干している。

「待ってたよ」

明美の声だった。

「加山さんはどこ?」

明美は私の目の前に来た。

「加山さんをど〜こに隠したのかなぁ」

私はたぶん、この村から出られないだろう。

そんな気がした。

画像4

                (終わり)









この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?