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蒼い翼 青い羽根 第5話


脚の傷みなど忘れて、私は大学へと急いだ。


今日は確か、仁の講義があるはずだ。
時間は分からないけど、私は待つことにした。

何処に居よう。

歯学部には、確かティールームがあったはずだ。
そこで待とう。


そう決めた私は、歯学部の校舎に向かうことにした。


「絶対に嫌!」


ビクッとした私は、辺りを見回した。
女の子の声だ。

大声で叫ぶのは、間違いなく莉子だ!


どこ。 どこ。 どこよ!

あちこちに、目を配りながら、私は居場所を探す。

「私は仁とは、別れない。そんな気は全くないから!」


見つけた!莉子と、そして仁だ。

「莉子、君は俺が好きなわけじゃないだろう」


「どうして、そんなこと云うの?仁のこと私は好きよ」


「嘘は、いつか分かるもんだよ。俺も最初は全く気づかなかった」

「酷いこと云うのね」

「酷いのは、どっちだ。君はただ、俺と翡翠が付き合うことになったら嫌だと、そう考えて俺に近づいてきたんだろう」

「違う。そんなこと無い」


「とにかく翡翠が幸せになることが、許せないんだね。
凄い執念だけど、何故ここまで、翡翠に固執するのか、俺に教えてくれないか」


「だから私は仁のことが」



「私も知りたい」


2人は、ハッとして、私を見た。


「翡翠、なんでここに」

「とにかく仁のところへ行かなきゃ。そう思った」


「関係ない女は、今すぐ消えてよ」

莉子の、この言葉に私の中で、何かが弾け飛んだ。

「関係ない?そんなことを、よく云えるわね。散々私を苦しめて来たアナタが」


莉子は、薄笑いを浮かべた。

仁も私も歪んだ彼女の笑みを見ていた。


「散々苦しめた?翡翠を、私が?」

「……」

「冗談はやめて。ずっとずーっと苦しんでいるのは、私の方なのに、鈍感な翡翠は知らないだけよ!」


「何を云ってるの?」

「翡翠、もう行こう。話しにならない」


「待ちなさいよ!」




「君たち、ここで何を騒いでるんだ。何人もの学生が事務室に駆け込んで来たぞ」


「すみませんでした。騒ぎ立てて。もう行きますので」

「申し訳ありませんでした。失礼します」


「ちょっと、貴方たち。勝手に終わらせないでよ」


「どうしたんだ、キミは。この時間だ。講義も今日は無いはずだ。早く帰りなさい」


仁と私は、振り向かずに歩いた。


「待ちなさいって言ってるのよ!ねぇ!」

「キミキミ、もう止めなさい。喧嘩だか何だか、知らないが。とにかくここで騒ぐのは、お終いだ。云うことを訊かないと、大学としても考えなきゃならない」


「……」



静かになった。

莉子もさすがに諦めたのだろう。

「翡翠、今日は俺のところに泊まらないか。莉子のあの様子を見てしまうと、翡翠を自宅に帰すのが不安なんだ」


「仁の部屋に」


「嫌ならどっかのビジネスホテルでもいい。とにかく」

「嫌だなんて、一言も言ってないよ」


私は母に電話をした。


「もしもし、お母さん。私だけど。今日は友達の家に泊まるから」


「珍しいこと。友達ね。いいでしょう」


「何で笑ってるの」

「意味はないわよ。子供は、きちんと育てられるようになってからよ。じゃあね。おやすみ」


「……おやすみなさい」


「変なお母さん」

「何か云われたの。大丈夫?」


「大丈夫だけど、お母さんが変なこと云うのよ『子供はきちんと、育てられるようになってからね』って」

仁はまた、赤人間になっていた。



「見当はついてる思うけど、俺の部屋は、散らかってるから」

「うん」


「そうだ。夕飯どうする。外食してく?」

「冷凍した鰻は?」

「全部食べた」

「ごめんね。私がなかなか行けなかったから」

「気にしないでいいさ。いっぺんに食べたら、自分は王様か?って思ったよ」

「外食は勿体無いし、お詫びも兼ねて私が作る」

「翡翠が!作ってくれるの」


「あんまり期待しないでね。
仁は、なに食べたい?」


「期待するさぁ!彼女の初手料理だよ!ワクワク」


「何を作ればいいかな」

「駅の近くに、安いスーパーがあるから、そこに寄って買い物をして行こう。ふんふんふん」


仁が鼻歌を歌ってる。

全然、訊いて無いようだけど、期待しないでって私は云ったよ。
覚えてる?


「ふんふんふふふ〜」


「……」


都会から、私鉄に乗り5個目の駅で下車。


「15分も乗ってないのに、下町みたいだね」

「そうだろう。住み心地がいいよ。この街は。では早速スーパーに行くか」


「行こー」

「止まれ」

「??」

「ここがスーパーだよ」


「近〜い!改札口を出て、30秒も歩いてない」

「ね。近いでしょう。さぁ入ろう」


店内は、決して広いとは云えないけど、品数は豊富だ。
お客さんも多いので、通路がかなり狭くて歩きにくいけど、このくらいは我慢我慢。


仁は好き嫌いが無いので、私は楽で助かった。


とりあえず、安くなってる肉と魚。そして野菜をカゴに入れた。


仁のアパートは、想像していたより、キレイな建物だった。

だからか名前も「◯◯荘」ではなく、「コーポ◯◯」にしたのだろうか。


仁がドアを開けてくれた。

「本当に散らかってるら。すまない。どうぞ入ってください翡翠ちゃん」


照れくさいのは、分かるけど、“ちゃん”は流石に恥ずかしい。


「お邪魔します」

「ようこそ」


キッチンがあるんだ。
これだけでも広く感じる。


「1DKにしたのね」

「うん。1Kも見たけど、狭くてもキッチンがある方が、なんかいいなって思ってさ」

「そうよね。ところでフライパンとか、お鍋はあるの」


仁は、シンクの下の棚を開けた。

「翡翠、見て」

「あるんだ。良かった。どれも新品みたいにピカピカ」

「お袋が送ってくれてから、一度も使って無いから」


「一度も」

「一回、ゆで卵を作ったよ」

「仁は、毎日の食事はどうしてるの?コンビニ?」

「とか、後は牛丼とかのチェーン店で、済ましてる」


「栄養バランスが良くないのに、歯学部には受かるんだから、仁はよほど頭がいいのね」

それを訊くと、仁はやにわに段ボール箱を開けて見せた。


「これのお陰かもしれない。
分からんけど」

中には、数えきれないほどの、サプリメントが入ってる。

「これも、お母さんが?」

「いや、姉貴」


弟のことを、よく知ってるんだね。仁のお姉さんは。


「では、早速作りましょう」

「やった」

その瞬間、嫌なことが頭をよぎった。

私の顔を見た、仁は、
「莉子も料理を作ったのかって思ったろう。
作らなかったよ。
そもそもこの部屋には、2回しか来てない」


「でも、1年は付き合ってたよね?」


「この部屋が好きじゃなかったみたい。そして料理は嫌いだって云ってた。俺も人それぞれだから、気にしなかった」


そうなんだ……。


「さてと作りますか。先ずは煮魚からかな。その間に野菜を切っておく。それから豚肉に下味を付けて放置」

念の為に調味料を買って良かった。

視線を感じ、仁を見た。


にやにやしてた。

放っておこう。


「そうだ仁。たぶん疲れてると思うから、お風呂を沸かすといいんじゃない。追い焚き出来るタイプ?」

「一応、出来るみたいだよ」


その話し方は、シャワーで
済ませる派だということね。

実は私もそう。
湯船に入るのが、面倒だから、たいていがシャワーだ。


「いい匂いがして来た」

「赤魚の煮付けを作ってるからね」


「そういえば翡翠は、お酒は飲めるの」

「う〜ん。飲めるっていうか、ザル」


「意外だったな。下戸かと
思い込んでた。俺も飲むから、買ってこようか。ビールと焼酎しかないから」


「それで、十分よ」

「分かった。何か手伝うことある?」


「仁はゆっくりしてて。好きなことしていいのよ」

すると仁は、私の傍に来た。


「好きなことしてもいいのなら」

「り、料理中だから」

「これくらいなら、危なくないよね」


仁は、私の顔を自分の方に向かせると、そっと唇を重ねた。

「もうすぐ出来上がるから、待っててね」

「待ってる。料理も、翡翠のことも」


そして料理は出来上がり、テーブルが無いので、床に雑誌を重ねて、その上に並べた。


「いただきまーす」

そう云うと仁は次々と、口に運んでいる。


「煮魚なんて食べるのは、覚えてないくらいに、久しぶりだ。美味しい」


「この豚肉の……」

「ピカタ」

「も、美味い。始めて食べたよ」


私は仁の食べっぷりに、見入ってしまった。

「翡翠も食べなよ。どれもよくできてて、美味しいから」


「うん。いただきます」

安心した。
何とか美味しく作れたようだ。

炊飯器が無いので、仁はパックご飯の大盛りを食べている。



「ご馳走様でした!いや〜
旨かった」

「まだ残ってるよ」
「一度に食べたら、もったいないよ。どうせ少しすれば、また腹が減る。だから取っておくんだ」

「なるほど」

2人で洗い物をしてので、早く終わり、飲むことにした。


冷蔵庫から、缶ビールを持って来て、私と仁は乾杯をした。


話していると、どうしても莉子の話題になる。
仕方がないことだ。


「莉子から告白して来て俺は付き合うことにしたんだ。
だけど」


仁は、缶ビールをあおって、何かを考えているようだった。


「付き合い始めて、直ぐに分かった。莉子の気持ちは他に向いてるって」

私は、訊きたくないと感じたけど、もう一方では、訊かないと。そう思っている自分がいた。


「翡翠はもう気付いてると思う。莉子がいつも観ているのは、俺ではなく翡翠のことだって」

「……うん」


「訊きたくなかったら、話すのを止めるよ」

「大丈夫。訊きたい」


「そうか。俺の感覚だけど、莉子は翡翠のことを、見張っているみたいに思えた。理由までは分からなかった」


「その感覚は、私もずっと胸にあったから、仁の言いたいことは分かるよ」

仁は、ゆっくりと頷いた。
だけど、この後のことも私に話すべきなのかを、迷っているように見える。

だから、私から云った。


「それでも仁が、莉子と別れなかったのは、別れることが、出来なかったから」


仁は驚いたようだったが、話すことにしたようだ。

「翡翠の云う通りだよ。俺は、莉子に別れようと云ったことがある。莉子は嫌だといい、仁が自分から離れたら、私は自殺する。彼女は、そう云った」


莉子が云いそうなことだと、
私は思った。

「脅しとも取れる。けれど」


仁は苦しそうにしていた。
もう話さなくていいよ、と私が言おうとした時、


「だけど莉子なら、やりかねないとも思ったんだ」


部屋の空気は重くなっていた。

その時、私の携帯が鳴った。

母からだ。


「いま莉子ちゃんが来たの。
翡翠は、友達の家に行ってるのと伝えておいたわ。
ただね、莉子ちゃんの様子が
なんだか変に思ったから、翡翠に伝えておこうと思って」


電話を切って、今のことを仁に話した。


仁は顔色を変えた。

「翡翠、直ぐにここを出よう。やっぱりホテルに泊まった方がいい」


仁と私は急いで部屋を後にした。


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