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どうして何時も


「杏奈は子供の頃、タンポポの綿毛が耳に入ると、聞こえなくなるよって云われなかった?」


昼休みに友達の梢に訊かれた。

「懐かしい。そう訊いてたよ。実際の所、どうなんだろう」


「迷信だった。わたしなんて、綿毛が飛んでるとビクビクしてたのに」



私は笑いながら、教室の窓から外を眺めた。

高校を卒業したら、この景色も見られなくなる。


相模湾が、遥か遠くに少しだけ見えている。

本当に少しだけど、私のお気に入りの景色だ。
次の春が来たら、私もいよいよ受験生になる。

ここからの景色を、心に焼き付けておこう。


さっき梢にタンポポの話しを訊いて、私はちょっとだけ、切ない気持ちになっていた。



まだ小学生だった時だ。

今と違って、住宅も密集していない頃に、近所には広い野原があった。

れんげの花が広がる時期は、特に綺麗で私はその野原で毎日のように遊んでいた。


一人でも、友達と一緒でも、私は毎日のように野原で過ごした。


白爪草が咲くと、それを編んで花かんむりを作るのが、恒例になっていた。


その日も、私は友達と3人で、花かんむりを、編んでいた。


すると、幼い女の子が、その様子を見つめている。


「花かんむりが、欲しいの?」
私が訊くと、その子は
小さな声で、「うん」と
云った。


私は、その子の為に、新しく白爪草を摘み、花かんむりを編むことにした。


集中すると、何も聴こえず、何も目に入らない。
そして完成した花かんむりを、女の子に渡そうとした時、


「ありがとう!」
と云う、その子の嬉しそうな声が聴こえた。


女の子は、私の友達が編んだ花かんむりを、頭に被って、はしゃいでる。


「杏奈ちゃん、そろそろ帰ろうよ」
友達にそう云われて、私も「うん、帰ろう」
そう答えた。
花かんむりを持つ手を後ろに隠して。


皆んなと歩き出した私は、気づかれないように、傍の畑に立ってる、古ぼけた案山子かかしの腕に、花かんむりを、ブレスレットのように通すと、皆んなの後を追いかけた。


家に持って帰るのが、何となく、惨めだったから。


これに似たようなことは、中学に入ってからも
経験した。


お弁当の時間になり、生徒たちが、食べ始めていた時に、先生が何かを探しているらしく、キョロキョロと、見回していたのだ。


私は先生が、自分のマグカップを探していることに気がついた。


本当なら、当番の生徒が、用意しておくのだが、忘れたようだ。


私はマグカップをしまう、ガラスケースまで、取りに行こうと席を立った。


すると後ろの方から声が聴こえた。

「先生、マグカップでしょう。私が持って来ます」
と云う声が。


先生は、
「よく分かったわね。
ありがとう」
嬉しそうな笑顔を見せた。


立ち上がった私は、恥ずかしくなり、急いで座り直した。

きっと私は、顔を赤くしてただろう。


どうしていつも、こうなんだろう。
タイミングが合わないって云うのかな。


こういったことを、私は何度も経験してる。

バツが悪くなる。

何でだろう。
自分が嫌になる。


「杏奈、昼休みが終わったよ」

梢に云われて、私は席に戻った。
恥ずかしさと、惨めな気持ちを胸に残したまま。


放課後、私は帰宅部なので、校門に向かってグランドを歩いていた。


「お〜い光司」
その声の方を振り返ると、飯田光司が走って行くのが見えた。

彼はバスケット部に入っている隣りのクラスの男子だ。


そして、私がずっと片思いをしている人。


彼は勉強もスポーツも優秀で、おまけに明るくて優しい。
男女問わず、人気がある。


彼女がいるのかいないのかは、分からなかったが
モテるのは確かだろう。


私は彼の姿を、しばらく見つめていた。


「帰ろっと」

しょせん私には、縁のない人だもの。
心の中で、そう呟きながら門をくぐり、学校を後にした。


私のことを、見ている人がいることに、気付かずに。


ある日、廊下を歩いていたら、向こうから飯田くんが来た。


その時、私と飯田くんの目が合った。
私が緊張していたら、飯田くんは、目を逸らした。


え、もしかして私は彼に、嫌われている?

ガーン!
ショック。


嫌われるようなことを、私は何かしたっけ。


泣きそうになった私は、足早に飯田くんとすれ違った。


「杏奈、杏奈。隣りのクラスの飯田くん知ってるよね。好きな子がいるらしよ」

「そう……」


「どうしたの。何かあった?」

「何もないよ。図書室に本を返して来る」


それだけ云って、私は階段を降りて行った。


図書室に入ると、せっかくなので、本を借りて行こうと思い、棚を見て回った。


「これにしよう」

私は手にした本を、受付の生徒に出して、返却日が書いてある、紙を受け取り、部屋を出た。


入れ替わるように、飯田光司が図書室に入った。


「あ、返却するのを忘れてた」

私は引き返し、再び図書室に向かった。


窓からは、明日の晴れを告げる、夕焼けが見えていた。


     了















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