バベる 弓削 空の場合②

「おぉ。ここだよ。ここ!」
蔵木オススメのラーメン屋に到着した様だ。
おぉ。さっきまでビシソワーズとか言ってた奴が案内してくれたとは思えない程の
「ザ・汚い店」
蔵木が先に俺の思考を読んだ様に口にした。
「まぁ、店構えは汚いけど中に入ってみろ?見た目通り汚いから。でも味はお墨付きね。あっ。俺のね」
蔵木がまくしたててくる。
「ビシソワーズが聞いて呆れるよ」
「まだビシソワーズに囚われていたのか。哀れ。実に哀れ。まぁなにはともあれ。流れる様に店内へどうぞ」
蔵木に促されるまま俺を先頭に店に入る。
「らっしゃいせぇ」
覇気の無いバイトと思わしき金髪の男が出迎えてくれた。左の耳にピアスがこれ見よがしにデカいのがついている。
「お二人ですか?」
「お二人です!」
蔵木が後ろからいかにも人懐っこい声で金髪に答えた。
「こちらにどうぞー」
金髪に促されるままカウンターに案内された。
なるほど。見た目通りの汚い店だ。床が謎にベタベタしている。こういう店はあまり得意じゃない。別にお高い店が得意というワケでもないのだけれど。案内されたカウンター。赤色に塗装されてはいるが所々塗装が剥げている。町中華よろしく目の前に餃子のタレやらカラシ、割り箸、コショウ等が並んでいた。
「あっ。中華そば2つで。両方大盛りで。あと僕ら今年バベル診断受けるんですけど」
蔵木が俺を他所に注文し始めている。カウンターの向こうの厨房から店長らしきおじさんが話しかけて来た。
「お兄ちゃん達17歳?バベル割だったら学生証見せてもらえるかなぁ」
「もちろんっす!ほい!」
蔵木はあらかじめ用意していた学生証をおじさんに見せる。俺は慌てて鞄から学生証を取り出しておじさんに見せた。
「確かに17歳だね。じゃあバベル割でチャーハンか中華丼がつくよ」
「僕中華丼で!こっちはチャーハンで!」
おい。蔵木よ。まだ俺は何も言ってないぞ。
「あいよ。そば大2つにチャーハン、中華丼ね」
そう言うとおじさんは厨房に向き直って調理を始めた。
「しかし便利だよなーバベル診断受ける年だけ大体の店でサービス受けられるんだもんな」
「確かにな。ただ俺はチャーハンとは言ってないけどな」
「まぁ気にするな。お互い半々で食べるならこれが最良だから」
「分け合う前提なのかよ」
「良いだろー万一どっちかバベられたらこうして飯喰えるか分かんないんだしさ」
蔵木の言う通り。この国では17歳になる年に必ずBABEL診断を受ける事になっている。国民の義務でありこの国の健康を保つ為のみたいな理由で必ず受ける様になっている。診断はいくつかの画像と動画を見ると先輩が言っていた。17歳の年はほぼ全ての店で何かしらのサービスがある。BABEL診断を受けると何人かに1人、もしくは2人詳しくは分からないけど学校に来られなくなる人が出てくる。身体に異変を見つけて入院したとは聞いているけど。ただ先輩の話だと、BABEL診断を受けた直後に異変をきたした友達に話をかけたけど話が出来なかったらしい。文字通り話が出来ない。話にならない。みたいな感じだったらしい。それで誰が言い出したのか聖書か何かの話を引き合いに
BABEL診断で異変を見つけられる=バベられる 
という言葉が生まれた。サービスが受けられるのはその万一に引っかかる可能性があるから少しでもサービスって事らしい。
「まぁバベられるかは俺らで決められる事じゃないじゃん」
「そうだけど。万一弓削の身に何かあったらショックで麺しか喉を通らないよ」
「麺は喉を通るんだな」
「順次ご飯モノも通る予定!」
「お前がバベられても俺は熱々のドリア頬張ってやるよ」
「冷たい!ビシソワーズの様に!」
「蔵木こそまだビシソワーズに浸かってたのかよ!」
こういうなんでも無い冗談が面白い。あの子と付き合ってる時には無かったな。こういうの。お別れして正解だったかもしれないな。正しいかは分からない。間違ってるとは思うけど。
小声で蔵木が言う。
「まぁ俺らはバベられ無いよ!あの金髪のお兄ちゃんもバベられてないし」
「蔵木。失礼だろ」
「お待たせしましたぁ」
俺達の小声を押し上げて覇気の無い金髪の声が料理を運んで来たのを知らせてくれた。
目の前にチャーハンと中華丼が置かれる。なるほど。汚い店とは裏腹にキレイに盛り付けられている。美味しそうだ。フワフワと湯気が登りカウンターに消えていった。
10秒程してラーメン登場。これも目に美味しそうだ。見て味が想像出来る。絵に描いた様な中華そば。
「お兄さんって何歳なんですか?」
俺の心の食レポを打ち消す様に蔵木が人懐っこい声で金髪に話かけている。
「19だけど?」
「僕ら今年バベル診断なんですよ!どんなんだったか教えてくれないですか?痛かったりしました?」
「今年なんだ?痛くは無かったよ。全然。何か画像と短い動画何個か見せられておしまいって感じだったかな」
律儀に金髪は教えてくれた。
俺も聞いてみた。
「画像とか動画ってどんなのだったんですか?」
お前も聞いてくるんかいといった表情で金髪がこちらを向いて来た。今気付いた。この人村上っていう名前なんだ。 
「詳しく覚えてないんだけどなんだったかな?風船の画像とケンカしてる映画の動画だったかな。詳しく覚えてないけど」
「お兄さんの時にバベられた人っていました?」
「あー何人だったかな?3人?か2人いた気がする。話には聞いてたけどホントに話通じなくなるんだよ。診断の結果がショックだったのか医者に抱えられて診断の機械から出てきたし」
これも先輩から聞いた事があった。
「僕ら怖いんですよーバベられたくないなーって」
「まぁバベられるのなんてほんとにわずかだろうし。それに」
「村上ー4番さん注文ー!」
店長から村上に業務連絡が入った。村上はバタバタと覇気なく別のテーブルに注文を取りに行った。
「大体先輩から聞いた話と一緒だなー」
蔵木がラーメンを冷ましながら話かけてきた。
「いざ自分が受けるとなるとビビッちゃうよな」
俺もチャーハンを冷ましながら応えた。
「まぁ人生一度のバベル診断!バベるもバベられるも運次第!ってね」
蔵木はそう言うと勢い良くラーメンをすすった。
「あー。これは美味いですね。はい。絵に描いた様な中華そばです」
蔵木よ。それはさっき俺が食レポで使ったぞ。
「チャーハンも美味いぞ。ちょうど欲しい味のチャーハンだ」
一口食べたらすぐ二口目が食べたくなる味とでも言えば良いのか。とにかく美味かった。蔵木じゃないがラーメンも絵に描いた様な中華そば。美味かった。
「中華丼とチャーハン。トレードの時間だ」
蔵木が自分勝手をフルスロットルで突っ込んで来た。俺は口を動かしながらチャーハンを蔵木に渡した。蔵木は中華丼を俺の前に置いた。まだ湯気が立ち上っていて卵の黄色が食欲を刺激した。
「チャーハンも美味しいな。この店何食べても美味しい系の店なんだろうな」
中華丼を一口。確かに美味しい。
「確かに美味しいな。これはまた次回別メニューに挑戦だな」
これなら他のメニューにも期待が持てる。次回のメニューを俺は決めてしまっていた。
「バベル診断まで1週間だからそれまで通い詰めるか。合宿だ」
「ぜひそうしよう」
蔵木の提案にすぐに飛び乗る。楽しみが増えた。バベル診断万歳だ。男子高校生2人は出された料理をペロリと平らげた。
「美味かったー」
蔵木の満足した言葉がこちらに届いた。
「じゃあ明日も来るから今日はこれで帰ろう」
返す刀で俺の満足の言葉の刃先が蔵木に触れた。
「明日も学校だしな。おじさんお会計お願いします!」
蔵木は人懐っこい声でおじさんに帰る旨を伝えた。
「あいよー。村上。カウンター2番さんおあいそー」
村上が待つレジに向かう。
「お会計別々にお願いします」
にこやかに蔵木が伝えた。
「そば大で545円でーす」
俺と蔵木は600円を村上に渡した。お釣りを受け取った時
「診断緊張するかもだけど頑張って」
「ありがとうございます!また来ます!」
人懐っこく蔵木が言った。
「ごちそうさまでした」
ほんのわずか。1秒程遅れて俺が伝えた。
「ありがとうごさいましたー」
外は夕日が沈みかけて空を紫とも赤色とも言えない色に染めあげていた。
「明日も学校だし帰るかー」
蔵木の間延びした声がこちらに届いた。
「そうだな。バベル診断もあと1週間か」
「まぁほっといてもバベルは俺たちを迎え入れてくれるから」
「どういう意味だよ」
「その日が来たらバベルされるて事だよ」
「まぁそりゃそうだな」
帰り際のいつにも増して意味の無い会話。俺は嫌いではないんだ。もうお開きですよって感じがヒシヒシ伝わって来て。口数も少なく駅に到着した。蔵木とは別の路線だ。
「んじゃ、また明日な!明日もラーメン行くぞ!?」
「おう。また明日な」
そう言葉を交わして改札をくぐった。あと5分で電車が来る。ホームに向かうまでの通路にもBABEL診断のポスターが貼られている。
「大切なこの時に。未来の自分の。未来の誰かのために。」
このキャッチコピーも毎年同じだな。ポスターのアイドルがにこやかに通行人に笑顔を振りまいている。
あと1週間か
ポスターのアイドルから目を離して俺はホームに急いだ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?