義家と貞任の歌問答

今から1千年前、『前9年の役』の戦いであった、 源義家と 安倍貞任の歌問答のお話だよ。 ポンと昔。 永承6年、  1051年 源の頼義は陸奥の 沈守府、将軍として東北地方の奥羽に赴任したんだ。 岩手県のあたりだったよ。 このころはちょうど、 平清盛や源頼朝や義経のお父さんが産まれた頃だね。 京都には朝廷があって日本中を支配しようと家来たちを地方へと出張させて、 その土地の人たちを従わせていたんだね。 陸奥国にはえにしと呼ばれていた人たちがいたよ。 えにしってね、卑しいとか、田舎者とか、教養のないとか、 言うことをきかないとか、そんな意味なんだって。 陸奥国を治めていたのが安倍の頼良しだったよ。 「あなたと同じ読み方をする名を持っているのは申し訳ない」 源の頼義と安倍頼良しだったからね、 こう言って馬や金を送って仲良くしたんだ。 安倍頼良しは戦いなんかしたくなかったからね。 でも、源の頼義は違ったんだ。 戦いをしたかった。 戦ってえにしたちをやっつけたと言いたかったんだ。 将軍だったから、 戦いで勝った方が都に帰ってからかっこいいからね。 そして、平和に任期の5年が終わろうとしていた時だったよ。 「何?部下の陣屋で馬が殺されたと? それは安倍の仕業に違いない、 よし、出陣だ!!」 ちゃんと調べもしないで 良いチャンスだとばかりにえにしたちを攻めて行ったんだ。 これから12年もの長い戦いとなっていくんだよ。 いきなり攻めて来られたから安倍一族はびっくりだったよ。 しかけられたんだから応戦しなくちゃだ。 安倍一族は結束して戦ったんだ。 安倍一族はとっても強かったよ。 いい馬は持ってるし、 自分たちの地域だから地形をよく知り尽くしている。 村人だって安倍氏の味方さ。 でも朝廷から応援隊がどんどこやってくるから 激しい戦いになっていったよ。

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