大人のお仕置き その1(全4回)


今日はね、戦国時代の超有名な軍師、竹中半兵衛(たけなかはんべえ)のお話しだよ。
半兵衛(はんべえ)はね、織田信長(おだのぶなが)でさえも落とせなかった稲葉山(いなばやま)城を、たった17人で、しかも半日足らずで落としてしまったんだ。その後、豊臣秀吉(とよとみひでよし)から何度もお願いされてね、秀吉の軍師となっていった人なんだよ。軍師とは、ほら、戦いの時作戦を立てたりする人のことだよね。

ポンと昔。今から400年くらいも前のこと。
半兵衛のお父さんの竹中重元(しげちか)は、天文(てんぶん)14年、1545年に岐阜県の不破郡(ふわぐん)垂井町(たるいちょう)にある岩手城(いわてじょう)を攻め落として、そのお城のお殿さまとなったんだ。このお城で半兵衛は生れたんだね。この岩手城のある場所は、近江(おうみ)と美濃(みの)の国境に近くてね、東国(とうごく)と近江を結ぶ大切な道の一つだったんだよ。

永禄(えいろく)5年、1562年の春、お父さんの重元(しげちか)は病気で亡くなってしまうんだ。この時半兵衛は19歳で、その後を継ぐことになったんだよ。

半兵衛は小さな頃から儒書(じゅしょ)、兵書(へいしょ)なんかをたくさん読んでいたんだって。勉強家だったんだね。とても学問ができた優秀な人だったんだね。そして色白でほっそりとした優しい顔立ちだったというよ。物静かで口数も少なくて感慨深い人だったって。でもね、この頃は体が丈夫で力持ちで刀や弓の使い方が上手な男の人がもてはやされていたからね。半兵衛は女の人みたいと、ちょっとバカにされていたんだね。

今日はここまで。
読んでくれて、ありがとう。
また明日、ポン!

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