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吉祥寺サバイバル Ⅱ 対数期(log phase)Ⅱ-4 死体焼却 20XY年3月

 幸いなことに当面の食料と子犬という友を得ることができた。子犬に名前を付けよう。日高は「クレヨンしんちゃん」を観たことがあるので、「シロ」にすることにした。次になすべき仕事は明確だった。死体を集めて焼却しなくてはならない。

 朝食を済ませた後、バールを拝借した工務店に向かった。ここにリヤカーがあることを確認していたのである。ついでに、金切り鋸と大きめのトンカチも拝借した。「拝借」という言葉を使うのは、きれいに整理されているため、使用後は返却したいと思っているからである。

 駅北口の死体を焼却する場所はハモニカ横丁がよいだろう。焼け残った廃材を整理してスペースを設けた。死体は重いので、身体的にきつい。しかし、それ以上に精神面がつらかった。どの死体も苦悶の表情で亡くなっているのである。死体に触るのは避けるべきだったので軍手をはめ、マスクをした。とても、食事を摂る気分ではなく、昼食抜きで夕方まで作業を継続した。表面に見える範囲で、80体ほど集めただろうか。

死体焼却

 この日はこれで終了することにした。止まっている車の給油カバーをバールで外し、ガソリンを灯油ポンプでバケツに移した。これを死体にかけてチャッカマンで火をつけた。軍手を含め、作業に用いた物品は駅前の靴屋の2階にある100円ショップ「ダイソー」で入手したものである。作業後はマスクと軍手は破棄し、帰宅後にていねいに手を洗いうがいをした。

 L村病にはかからないと思うようになっていた。何らかの遺伝子の違いによる可能性が高い。それでも、可能な限りていねいな配慮をしておいて悪いわけはない。閾値を超える大量の菌が体内に入れば、発病してもおかしくないのである。念のため、入手しておいた抗生物質を注射した。

 翌日はサンロードの店舗内の死体を処理した。要領が分かるとシロが中に死体があることを教えてくれたので、バールや金切り鋸で扉を開けた。30体ほど処理を行った後、南口に移った。駐車場に空いているスペースがあったので、ここを利用した。こちらで処理したのは40体ほどだった。

 次の日は井の頭恩賜公園(いのかしらおんしこうえん)の自然文化園に向かった。動物の状態を確認したかったのだ。やはり、アカゲザルは死んでいた。お腹はへこんでおらず、苦悶の表情だったので、L村病の可能性が高い。サルとヒトがかかるという情報は確からしい。リス園や鳥園の扉が解放されており、中は空だった。飼育員らしい人が倒れていて、彼が扉を開けたのだろう。助けたいという気持ちは理解できる。

 そうであっても、野生化した動物には各地で手を焼いていた。都内ではアライグマ、横浜でダイワンリス、千葉や茨城でキョンが増えて人々が困っている情報を知っていた。野良犬や野良猫による被害も少なくなかった。つらい判断だが、ペットショップの動物は餓死させることに決めていた。

 池に下って状態を確認した。そこここに死体が見受けられた。近いうちに処理に来なくてはならない。桜がかなりの見ごろになっていた。日本さくら名所100選に選定されているだけあって、見事である。毎年、学校の連中と花見をしたことを思い出した。飲み物や弁当を持ち寄って、昼頃から夕方まで酔っぱらって馬鹿話をするのである。誰もいない状態の桜は奇異な感じがした。

花筏

 神田川が流れ出す部分には桜の花びらが集まって花筏(はないかだ)になっていた。そこを通り過ぎて住宅街を調べた。死体はほとんどなく、火事も発生しなかったようだ。落ちついた家屋が並ぶ中に異質な建物を発見した。赤と白のストライプが目立つ「まことちゃんハウス」である。マンガ家の楳図かずお氏の建物である。「へび少女」などのホラー作品を得意としていた。ただし、「漂流教室」「14歳」「わたしは真悟」などのSF作品も手掛けていた。漂流教室では主人公が学校ともに異世界にスリップする話である。日高も似たような状態といえるかもしれない。ただし、仲間は全く存在せず、子犬のシロだけが心の支えになっている。

まことちゃんハウス

 仲間が加わる日が来てほしいと切に願うのだった。
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