「飢えた子羊」をやれという話

冒頭でダイレクトマーケティングを行い、その後に感想を並べています。

このようにアラートをいれて区切りをわかりやすくつけているので、冒頭のダイレクトマーケティング部分だけでも読んで「飢えた子羊」をやってください。本noteは読まなくてもよいのでやってください。


「飢えた子羊」のダイレクトマーケティング

最小限度のダイレクトマーケティング

 この顔の良い利発そうなガキか背を向けた不器用そうな男か、あるいはこういった男とガキの組み合わせから感じる空気が好きなら直感でストアに飛んでかまいません。何も心配せずとも、期待は微塵も裏切られないでしょう。「飢えた子羊」というタイトルのくせに欲しいものをドカ食いさせられることになります。

 安心して一切の情報を持たずプレイしてください。これ以上を読む必要はありません。事前情報を一切持たず遊んでよいでしょう。情報のひとつぶひとつぶがスポイラーになりかねないので、トレーラーも主題歌も何一つ見ずストアに飛んでよいです。

 私はこの最小限度のダイレクトマーケティングを受けて本作に触れて情緒をめちゃくちゃにされたので、「合いそうだ」と思ったら事前情報を何も持たず飛び込むことを推奨します。

 強いてスポイラーにならない情報をひとつ付け加えるなら、ボイスはオンのままにしておくことを強く勧めたいです。極めて質が高いので。

ここまでが最小限度の情報による推奨です。ここで気になったならこの先を読む必要はありません。何も読まずにストアに飛びましょう。


簡単な情報を含むダイレクトマーケティング(舞台説明、ならびに舞台や時代・用語をおそれる必要がないことについて)

 もう少し要素を掴んでから決定したい、この2人のキャラの雰囲気だけでは決定しにくい、という慎重な人もいらっしゃるでしょう。そのためにほぼ本編の楽しみを損なわないレベルでの簡単な紹介をします。

 本作は1600年代の中国、明朝末期を舞台にした人身売買の旅の話です。

 おそらく身構えた方もいらっしゃるかと思います。何も心配する必要はありません。舞台設定は精密になされていますが、本作は人身売買の旅の話です。つまり、基本的には人を売る者と売られる者の話であり、通時的・共時的な歴史的知識はプレイする上で一切要求されません。

 人身売買の旅の話。これだけ知っていれば大丈夫です。本編の時系列で起きていることや、本編の直前に起きていたこと。そういった歴史的知識は必要に応じキャラクターたちの生々しい感覚とともに提供されるので予め学んでおく必要はありません。決して知識不足を理由に置いて行かれることはないでしょう。

 むしろ、何も知らずにプレイするほうが予断なく楽しめるかもしれません。必要に応じて史実をプレイヤーが調べる必要がある、という状況は一切発生しません。好奇心を刺激されて調べてみた結果「うわ……」となることはあるかもしれませんが。

 個人的にはせっかく知らないのなら知らないままプレイするのがおいしいと思います。これ実際に何かあったのかな? と思った要素はメモだけとっておいてあとでググるとよいでしょう。都度都度調べるよりはそちらをおすすめします。とはいえ程度問題であり、史実の知識の有無は本質的なスポイラーにはなりませんので、どうしても気になるのでしたらプレイ中に調べても全く問題ありません。

 用語についても、難しいものはありません。時代は1500年くらい遡るのでガバガバイメージですが、誰でも読めるレベルで書かれ、あるいは描かれている三国志くらいでイメージしておいてよいです。人名についても、人身売買の旅という都合上限られており、それこそ三国志や水滸伝といった作品のように多数を記憶する必要はありません。自然に頭に入るメンバーだけおさえておけばそれで全く問題ないでしょう。

 エンターテインメントとして当時の中国の知識をほぼ要さず読める、ということで世界設定がクリアになされておらずフワフワしているかもしれない、と危惧する人もいらっしゃるかもしれません。

 そちらも心配要りません。設定は入念になされているものの、この物語の登場人物たちは歴史の光のあたる場所とは別の場所で、それぞれの必要に応じて旅をしているに過ぎないからです。

 さらりとなんでもないことのように会話の中で情報が流れていき、物語上必要なものはきちんと幾度も強調され、たんに自然な当時の会話の流れで出てきたにすぎないものはそうとして流れていきます。そういった作品の常ですが、決して必要はないものの知っているとたいへん楽しめてしまう情報も、さらっと流れていきます。なので、誰でも楽しめてしまうからこそ世界が雑になっているのではないか、という不安は抱く必要がありません。安心してプレイしましょう。

簡単な情報を含むダイレクトマーケティング(人身売買の旅の一行について)

 「飢えた子羊」をプレイするか検討するレベルでおさえておく必要のある人物は3人です。

 まず「先に挙げた顔の良い利発そうなガキ」と「不器用そうな男」。ガキの方は売られる子です。男の方はガキを買主に運ぶ悪党です。重要な点として、男は売主ではありません。買主から売主へ商品を輸送している立場です。もっとも、その商品がガキなので男はもちろんれっきとした悪党です。盗みも殺しもやっています。血みどろと言ってよいでしょう。

 ガキの方は商品なので顔の良い利発そうなガキくらいに思っておけばよいです。顔の良い利発そうなガキなんて誰もが好きなので、まあよい売り物ではあります。上等なガキです。

 あともう一人おさえておくべきは、主人公と数年来の相棒として悪事を働いている男、舌です。

 まあなんともパッとしない見た目でしょう。モブでもおかしくありません。そんな油断を誘う顔で相手の気を抜かせておいて、主人公の男がさっくりと斬り殺し金品を頂戴し、馴染みに上手く流して生活の糧を得る。そういうスタイルでこの悪党二人は組んでいます。

 なので基本的には舌が自分も必要に応じて前に出るブレインで、主人公がよりメイン寄りの実行者といえるでしょう。あくまで濃淡の問題で、舌も必要があれば特に暴力を行使することにためらいはありません。主人公の方が向いているというだけです。

 舌もいつも醒めているかというとそういうわけでもなく、逆に主人公が彼を宥めることもあります。なので、いわゆる「良い警官・悪い警官」として場合に応じて、こちらも自然に機能します。主人公が早計に走ろうとして舌が諫めたり、舌がカッとなって主人公が宥めたりがどちらもまああり得る、ということです。このあたりは「良い警官・悪い警官」のような外観を呈しているものの、ガチガチにシステム化されているわけではなく、数年来の付き合いからお互いの状況をよく理解して、必要に応じて相方に水をぶっかけていると自然にそうなるといった感じです。

 いずれにせよ血塗れのろくでもない悪党ふたりが買主の待つ目的地にガキ(正確にはガキ共ですが、五指に満たないので記憶には苦しみません)を送るのですから、綺麗な話ではありません。

 ただ、では露悪的なのかというと全くそんなこともありません。間違いなく悪党が悪行をして、ガキ共は被害者なのですが、「ただ単に悪い」だけでは生きていけないほど舞台はシビアです。この時代の中国は飢饉におそわれていて、ただ生きていくだけでも非常に難しく、悪党として生きていくにも一定以上の合理性が要ります。つまり、無意味に露悪的なことをやっているとたんに死ぬのです。そんな余裕はないので、余裕がないからこそ頭を冷やして冷静に動いたり、あるいは余裕がないので当然の帰結として余裕のない行動に出るほかなかったりします。

 その余裕のなさの中で主人公はいくつもの選択ができるのであり、それはノベルゲームである以上選択肢として呈示され、その選択、あるいは積み重ねによって直接的な影響が出たり、後に多少の波紋を残したりします。状況はほんとうにどうしようもないと言いたくなるほどどうしようもないのですが、どうしようもないなりにそれなりの回数選択肢が呈示されます。

 心底状況がひどいので、安易に安心したくない人も安心してよいでしょう。

 なかなかシビアであるものの、「シビアです」と言うだけというわけでもない、なので選択の機会において悩むことになり、とても貴重な旅の経験を得られることでしょう。

 選択の機会は確かにそれなりにあり、選択肢を出される度に唸ることにはなりますが、ノベルゲームとして理不尽に難易度が高いかというとぜんぜんそんなことはなく、むしろゲームとしての導線はしっかりしているので攻略という点で苦しむことはありません。そこも安心してプレイできます。

 総じて様々な点でプレイしやすく配慮されており、色々と苦しむこともありますが、シナリオは驚くほどするする読めるでしょう。慣れていれば7~10時間程度でコンプリートできる程度の中編です。構えることなく気軽に挑んでよいと言えるでしょう。

 ロープライスで気軽に楽しめる中編としては極めて質が高くその点が異常ではありますが。

 トレーラーなどもありはするのですが、結構情報があるので個人的にはみずにプレイしてほしいです! なのでこの記事には置きません!! どうしても気になるなら見ても構いませんが……気になっているならもう見ずにやりましょう!!!

 このあたりの情報で大丈夫そうだなと思ったならば、ぜひ信じてプレイしてみてください。きっと後悔はしないはずです。悩んでいると苦しいでしょう。買ってしまえば楽になりますよ。買うかどうかの悩みは買えば解決します。買いましょう。これはダイレクトマーケティング記事です。

ここまでがダイレクトマーケティングです。「飢えた子羊」どんな作品かなとか、何かツラの良いガキが目に入ったが……とかおにロリおじロリの民だが……みたいな気持ちで読みに来た人はここまで読めばよいです。以降はスポイラーどころか本質的なネタバレしかありません。帰りましょう。帰る前に「飢えた子羊」の購入を忘れずに。いいからガキを洛陽まで運ぶんだよ。

以降ネタバレしかありません。











ネタバレしかない感想

ガキについて

 「満穂ちゃんの声が可愛いのでボイスはオンのままにしてください。日本語ボイスを待たず今買って後に日本語ボイスも楽しみましょう!」すらスポイラーになりかねないので言えない中で僕はたいへんよく頑張ったと思いませんか。

 満穂ちゃんと呼ぶのが既にスポイラーになりかねません。トレーラー見てたら穂ちゃんが本名に見えますからね。しかも最初はクチナシです。僕のようにツラだけ見てプレイした人にとってはクチナシであることすらスポイラーです。

 「利発そうなツラのいいガキ」としか言えません。当然「満穂ちゃんにボイスがある」というのがもうこのガキは口がきけるというスポイラーになるので、八方塞がりです。だからこの小項目も冒頭の目次で情報が目に入ってしまわないようにガキとしています。負けたくないのでガキと呼んでいる節もあります。良様も私も大人なのでガキなどに負けていませんが。

 とにかく、ふんわりと「ボイスいいのでオンにしておいてください!」しか言えません。言えても舌の怪演とか本当に素晴らしいんですよとかになってしまい、さすがにボイスオンを要求しながら舌マーケティングすると飢餓で頭をやられているとしか思われないでしょうから、どうしようもありませんでした。豚妖が悪い。

 僕は「利発そうなツラのいいガキ」が好きです。黒髪青目にも弱いです。薄い細い派閥の人間でもあります。旅の話に風呂はつきものですが、こことか気が狂いそうでした。

 衣服が落ちはじめてから完全に落ちるまでの一瞬でここまで詠唱できる良様はなかなかの男です。秒で情報が脳を埋め尽くしたか、一瞬で目を背けたつもりが凝視してしまっていたかのどちらかでしょう。いずれにせよガキにはバレていることでしょう。この後めっちゃニヤニヤいじられていましたからね。

 彼女は良により「猫」と表現され、あのあわれな子猫(干魃やら蝗害やらおれはもうゆるせねえよ)も思い出させる子です。初手で刺殺される時の実績からも、決して愛玩動物的な猫ではなく、むしろそう思って油断すると喉首を掻ききってくるイメージがあります。

 作中幾度も「虎」が象徴的に描写されますが、危険な少女ながら単純に膂力という点だけでも「虎」のものではありません。なにせ筋肉も脂肪もなく、戦闘技術も洗練されているわけではないので決意一本ではなかなかたいへんです。それでも油断も隙もないのは実に彼女の猫らしいところでしょう。

 僕としてはこのガキに蛇のイメージもあります。上の脱衣シーンがその脱皮に喩えられていたり、杭州といえばで白蛇伝の話が出てきたりするところからのイメージでしょうか。

 つまりは、まあ。たいへんセンシティブな意味で蛇っぽいという意味です。満穂ちゃんの猫ムーブで良様とプレイヤーはたいへん頭がおかしくなるのですが、このガキが色気を出すときの色は蛇性の婬を思わせます。蛇性の婬は雨月物語中の一篇のタイトルであり、元ネタは白蛇伝なので当然といえば当然ですが……。

 同じくグロセンシティブな表現として豚妖が相手を蛇のように絞め殺す表現をしていますけど、こっちは全然白娘娘のえっちさがありませんからね。

 満穂ちゃんに嘘を仕込んだのがプロの中のプロ、特に対男特化なのでまあそこが強いのは当たり前かもしれません。料理もプロに習いましたし、影絵劇の手ほどきも受けています。いくら9歳とはいえ色事に無縁の良様がそのフィールドで戦うのはたいへん難しいでしょう。多芸にもほどがある14歳。14歳!? 僕はこのガキを警戒していたのと、ガキの手もとれないような情けないやつなので一周目できちんと迷いに迷った挙げ句アチーブで煽られました。

 なんとか抵抗しているつもりだったのですが、一周目はこれを食らって無理だ僕では満穂ちゃんに勝てないと痛感しました。そのフィールドではどう足掻いても掌の上で転がされる運命なんだよ。ガキの掌の上では踊らない決意でやってきたはずなのですが……

 道中とても利発で、他の子の面倒をしっかり見ているところはさすがお姉ちゃんでした。僕は飢饉を許しません。この子の家族については随分直接的にやらかしているやつがすぐ隣にいるようですがこの項はガキの項なので措きます。

 一周目は騙されないからな! 俺は生きる! ころっと騙されて死んだりしない! 手を繋ぐと言ってなんやかんや殺すんだろう! という強い気持ちでプレイしていたのですが(アチーブ獲得)、気がついたら俺はどうなってもいいからガキ共は守らねば……と護衛態勢でプレイしていたのが不思議な感覚でした。

 舌ではなく満穂を信じたあたりから反転してきた自覚があるので、一周目ではガキ共を売り払うことができませんでした。守護るための旅になってしまったので当然です。一貫しない上に手も握れないクソボケプレイヤーだったのでノーマルエンド一発目は「無言」でしたが。クソボケがよ……ガキ一人についても無限に話せるのですが、ガキと良様について話したいのでその話をします。

利発そうなツラのいいガキと不器用そうな男について

 利発そうなツラの良いガキと不器用そうな男の組み合わせでダイマされて遊んだゲームなので、満穂ちゃんと良様のコンビがぶっささらないはずはありません。絶対に好きなやつだと確信してそのままブチ抜かれました。

 先の通り僕は絶対に騙し討ちされない気概で挑んでいつの間にかなぜか守護り態勢をとっていた旅をして「無言」に至ったバカなのですが、そのようなバカなことをしていても、満穂ちゃんの回想は序盤から入ってくるので、(なんで他のガキには穂と名乗って俺には満穂なんだ……)と良様が疑心暗鬼になっているところなどは最初からかなり面白おかしく見ていました。

 とはいえ、ずっと何考えてるかわからんやつと警戒し続け、守護ると決めてからも何考えてるかわからんやつだったので、最初のノーマルエンドで「無言」を食らった僕はかなり狼狽えました。

 ただ、「無言」に至った段階ではガキは強い決意のもと動いていると思っていました。もちろんそれは誤解ではなく、ガキの決意はびっくりするくらい強く、その執念で良様に辿り着いたのですが、そのあとのガキが実はひどく戸惑い、躊躇っていたことを僕は全く想定していませんでした。

 「無言」だけ見た段階では、他の子を売り飛ばして洛陽への途上で眠り、「応報」で死ぬという流れを見ていない(なぜなら守護りモードだったので)こともあり、「最初は殺すつもりだったが、どこかの段階で殺さないと決めた」と思っていました。

 良様は正しくそれを罠だと認識していたのですが、僕は「無言」の段階では偶発的だったのではないかと想定していました。彼女が良様を殺せるタイミングは、それこそ「応報」のときなどいくらでもあったので、そんな回りくどい罠にはめる必要はないからです。彼は天涯孤独で、彼女はそれを知っているので、家族に累が及ぶ刑罰も意味がありません。なので、「無言」だけ見た段階では「そんなことをする必要があるか?」と思っていました。「殺すにしろ殺さないにしろそれは合理的な選択ではない、よって偶発的だろう」と思っていたのです。

 「自分の手ではもう殺せないから間接的な手段を採るしかない」というくらい彼女が不安定だったことは完全に想定していませんでした。私はあくまでガキの掌の上で踊らされていたと思っていたので、利発なこの子なら殺すにせよ殺さないにせよ迷った末の結論はスッと行われるだろうと思っていたのです。

 「応報」を直接的に行う際ですら、彼女は泣いていました。彼女の心がどれだけ繊細に動いていたかは「応報」から「真エンディング」に至るまで幾つもの段階が踏まれていることで強くわかります。

 僅か数十日の旅で狼であった良様がそうでなくなってしまったのと同じく、あれだけ強い執念をもって良様を殺しにきた満穂ちゃんが最後の最後まで強く思い悩み動揺し続けていたことは当初全く理解できていませんでした。それは私が初手で「無言」にいくようなやつだからでも、満穂ちゃんがたいへん嘘の上手い子だからでもあるでしょう。

 内心は殆ど吐露されず、ノーマルエンディングとして僅かに出力されます。「何も言わず罠に嵌めて、刑死になる」だとか「逃げろという一言を残した結果侠客としての討ち死にになる」だとか「突然自殺する」だとか。そういった結果は「直接的には殺せないので間接的に復讐するしかない」とか、「逃げる余地を残すし、逃げられない場合も刑死ではなく名誉のある死という形にする」とか「もう間接的にすら殺せないのでやれることが自死しかない」とか、そういった彼女の心情によっています。

 私はトレーラーやストアの画像をほぼ見ずに本作をプレイしたので、このシーンはゲームが初見でした。「ノーマルに至れる程度以上の認識を良様に持ってしまった満穂ちゃんが彼を殺すことがどれほど苦しいか」は既に痛感しています。「応報」ですら彼女は泣いていました。ノーマルに至った段階でもう満穂ちゃんは良様を刺し殺せません。良様の行動によっては、間接的にすら、名誉ある死すらも容認できず、自分が死ぬしかなくなるほどです。

 「最高まで良様への認識が高まった状態で良様を刺す」ということが、満穂ちゃんにとってどれだけ苦しいことかあまりにもプレイヤーにはよくわかります。

 しかしながら、良様は復讐されるべきです。彼女の大切な父親の直接的な死因であり、もし彼女の父親が殺されていなければ彼女の家族にはもしかしたら、僅かなりとも可能性はあったかもしれません。その可能性を大きく削いだことも間違いありません。

 良様もそれを正しく認識しているのでガキに復讐されて死ぬべきだと思っていますが、ガキにそれはできません。なぜできないのか、自分がどう思われているかは良様にはこの時点でもよくわからないと本人が断じています。やはり自分は死ぬべきで復讐されるべきだとも断じています。

 そもそも良様は自分が生きていければよい人間ではなくなってしまったので、ここで死なずに自分が生き延びたとしてもそのことに価値を見いだせません。

 それは満穂ちゃんも同じで、良を殺すという執念でなんとか生に食らい付いてきた彼女もそれ以外に生きる理由がありません。二人とも自分のために生きるモチベーションが既にないです。

 だから良様は生きていても仕方がないので満穂ちゃんに有意義に死を使ってもらいたいですし、満穂ちゃんとしても良様を殺したくないものの殺さないと決めると最早生きる理由がありません。

 そこまで良様を思ってしまった満穂ちゃんにはもう死ぬしか手立てがなく、そこまで思わせてしまった良様にはそれが最大の復讐になるのですが、このスチルで直接ぶつかってしまってはどうしようもないです。

 どうしようもなかったのですが、どうしようもないままに良様の思考のピースが物凄い方にハマり出すシーンはいっそコミカルなくらいに清々しいものでした。

 良様としては生きていても仕方がないわけですし、死は満穂ちゃんにとってよい形で使われれば使われるほどよいです。もはや彼にとって最も大切なものは彼女です。となると、その死は彼女にとって都合良く使えれば使えるほどよいわけになります。

 彼女がここで良様を殺せばまあ良様を殺したという悪くない結果が出ます。けれど、彼女にとってもっと価値ある死に方をできればそれに越したことはありません。

 となると、彼女の話にでてきたおかしな点、ぜひとも彼女としてはぶっ殺しておきたいだろう相手、最初は方便で殺すと言っていた豚妖を実際に殺すことに命を使えれば単に死ぬよりずっと彼女にとって価値がある死に方ができます。

 よし、豚妖殺そう!

 本当に笑えるくらい物凄い勢いの思考なのですが、理には適っているのです。私が理非で審判していると思っていた満穂ちゃんはこの時点でグチャグチャなのですが、良様は理屈でぶっ飛んでいます。数年舌と組んで舌がブレインをやっていたのも頷けます。筋は通っているのですがぶっ飛びまくっています。

 ただ、満穂ちゃんはグチャグチャ状態ですし、良様は満穂ちゃんの仇を二人とれるぞとテンション爆上がりしているので、ストッパーがいません。舌は地面に埋まっている……

 真エンドは二択なのですが、どちらに転んでも豚妖さんはおしまいです。もっとも、良様が関わらずとも史実をなぞるような結果にはなったでしょうから、彼の末路としては時期と死に方の問題でしょう。

トゥルーエンド

 このふたつの真エンディングがとても面白かったです。そもそもトゥルー開通のぶっ飛び方が面白いので、面白くないわけがないのですが、いくらなんでも面白過ぎます。これは、物語の完成度が高いという意味と、コミカルだ的な意味も含みます。そして、それはある種の救いというか尊さのあるコミカルさでもありました。

 「ともに生きる」
 「ともに死す」

 私は基本的に「ともに死す」が好きな人間です。本作でもこちらの方が綺麗だと思っています。フローチャートもこの形が最もうつくしいと思っています。

 「ともに死す」はあまりにも綺麗です。当たり前といえば当たり前です。侠客をやって成し遂げたのですから、綺麗にかっこよくならないわけがありません。ノーマルの「逃げろ」も素晴らしかったですが、「ともに死す」は完璧とすら言えます。

 これはあまりにも完璧なのです。そして、誰にとって完璧かというと良様にとってです。良様が子供の頃に思い描いていたような正義の味方が素朴に完璧に実行されます。

 重要な点は、「良様ひとりではできなかった」ということです。良様はあくまでも暴力担当であり、彼が何かを成し遂げるには頭脳担当が要るのです。彼が最初計画したとおり単騎で乗り込めば無駄死にに終わっていたでしょう。

 ガキは「生きていても仕方ないこと」と「自分がいればやれること」の二刀で良様を丸め込みます。良様は良い命の使い方ができるぞと変なテンションになっていて、ガキはグチャグチャになって押されていたのですが、冷静になれば舌戦でガキに良様は勝てません。「確かに……」となって彼女の勝ちです。

 満穂ちゃんの憎い相手は二人死ぬ。その方法の確実性が上がる。満穂ちゃんも死ぬけれど、生きていても仕方ない彼女がふたつ復讐を果たせばなかなか価値のある一生になります。

 こうして結果としてともに死す。ただし、復讐はそうするしかないものであり、侠客、正義の味方になることは良様の夢でした。神通力も、軍を指揮する力もなく、衣と剣で事をなす。まさに子供の頃に描いていた夢がそのまま叶っています。

 そして、満穂ちゃんは直接彼からこの夢をきいています。

 嘘吐きの彼女にどこまで本気で義侠スイッチが入っていたかはあまり問題ではありません。口でも表情でも真実のように嘘をつけるので、疑おうとしたらどこまでも疑えてしまうのですが、彼女が良様的に良い死に方に加担し、それに寄り添ってともに死んだのは事実です。

 直接乗り込んで直接斬り殺す。とても短絡的で、実に良様らしいです。そういうやり方が長期的な視野でどうなのか、という話はされていますし、豚妖の首を刎ねたあとに殺し方が生温かったと二人して短期的にももうちょっと苦しめてやりたかった気持ちが明言されています。

 もう片方のエンディングでは史実を思わせる茹で殺しなので、二人にとっての短期的な視野に限っても、豚妖を殺すという観点ならこちらの方が苦しんでよかったでしょう。

 ただ、良様の夢というその一点でのみ見るならば。悪の巣窟に乗り込んで正義の味方が天誅を下すというのは完璧なのです。

 内心どう考えていようと満穂ちゃんは良様の子供の頃の夢を叶える助けをしたのですし、良様はともに死すなかで満穂ちゃんと二人になり、もはや死すら遠くなって次降ってくる矢は当たらないような気分になっているほどです。

 こうして二人は客観的には射殺されて、主観的には二人で手をとってしあわせに終わるのですが、誰にとってハッピーかというと良様にとって滅茶苦茶ハッピーです。

 そして、良様に対してグチャグチャになっている満穂ちゃんにとっても、すべてがよいように整えられています。ふたりにとってすべてよいのですが、その形は良様の夢の形に整えられているのです。

 最初は良様がブチ上がったのですが、この夢は満穂ちゃんが形を整えなければ叶わず、良様が満穂ちゃんの仇を二人始末するようでいて、けれど満穂ちゃんが良様の夢を叶えてもいます。

 利発な彼女がわざわざ訊き出した夢を意識しないはずがないので(ノーマルエンド「逃げろ」の存在もあります)彼女は完全にわかっていてやっているはずです。

 もう14歳ですし、とんでもなくツラがいいですし、利発ですし、これだけ尽くしてくれたのですし、なにやら飢えることのないところに二人でいったらしいので、旅の中で良様が語っていた「結婚を考えるどころじゃない状況」は解決されているはずで、頼み込んででも良様は満穂ちゃんに求婚すべきでしょう。問題ありません。14歳なので。完全に悪い男に引っかかっているのでお父さんは良様をさつまいもでぶんなぐっても許されるでしょう。

 というわけで良様が良様的に考えて、良様的なハッピーエンドを迎えている「ともに死す」が私は大好きなのですが、「ともに生きる」も滅茶苦茶好きです。

 「ともに生きる」の大好きなところは「しまらないところ」です。

 「ともに死す」は完璧です。かっこいいです。義侠の死に様といえるでしょう。速戦即決。すぐ決めてすぐ計画してすぐ実行してすぐ死にます。単純明快、良様にもわかりやすい道です。

 一方の「ともに生きる」はとにかくしまりません。反乱軍に加わって豚妖を討つというのは現実路線なのですが、この時点で考え方がもう良様っぽくありません。刃を抜く。殺す。誰かを殺すときの良様の基本動作はこれです。

 もちろん良様は決して愚鈍などではなく、頭も使えるのですし、使ったからこそ真エンディングへの道が開かれたわけですが、この「できるかどうかわからないけど、とにかくなにがなんでもやる」感じは父の仇を探していた頃の満穂ちゃんのやり方です。

 やれることは全部やって、満穂ちゃんは途方もない時間と労力を割いて「安」の一文字を質屋で見つけました。軍に入って攻め殺すというのは良様がやや満穂ちゃんに染まっている感じがします。単に考えているだけなら舌も同類なのですが、この途方もなさがなんとも満穂ちゃん感がします。

 約束もしまりません。侠客なら血の契りなどがかっこいいでしょう。しかし、実際そのように言及されたものの、なされたことは子供のやる指切りでした。たいへんかっこうがつきません。実際、良様は滅茶苦茶恥ずかしそうです。

 挙げ句の果てに。

 五年ごとに会うという約束は守られもしません。ナチュラルにスルーされて九年経ちます。面子もなにもあったものではありません。

 さらに、良様は目的を達成したあと本人が自覚しているとおり既に生きる目的を失っているので、何もかもどうでもよくなっています。九年は大量の死者を生みましたし、約束は守りませんでしたし、満穂ちゃんは死んでいる可能性が高く、約束破りとの約束を果たす義理もないでしょう。そもそも当時14歳の子です。結婚しているでしょうから、わけのわからん男と密会するのもよろしからぬことですし、そうしたいという意欲もないでしょう。

 良様は仇敵を倒しても全く嬉しくありませんし、むしろなぜ彼女を同行させなかったかとか、せめて提案だけでもすべきだったとか、まともに別れを告げることさえできなかったとか未練がぐるぐるしはじめます。

 こうしてなんかもう全部どうでもよくなって酒飲んでぶっ倒れるのが良様で、そうやって無様にぶっ倒れているところにやってくるのが満穂ちゃんです。

 普通に待っていましたし、律儀でしたし、なぜか知りませんが結婚もしていません。良様的かっこよさポイントは残念ながら底をついているでしょう。良様は実にかっこうのつかないことになりましたが、対する満穂ちゃんは何の落ち度もなく完璧で、美少女がさらに美人になっています。

 なんだかもうほんとうにひどいのですが、けれど「豚妖を誅する」「再会する」という二人の最低限はとにかく達成されました。どれだけ時間がかかろうと、どれだけ労力がかかろうと、とにかくやる、ということについて、満穂ちゃんは良様に実際会うまでは成し遂げていたのであり、人身売買の旅の中で多少グダグダになりはしたものの、「良を殺す」という目的もあの頃から変わらず貫かれたままです。

 しかも、それすら方便で殺す殺す言いながら実際には二人は殺す前にやりたいことをやりまくって共に生きていくことでしょう。未だ乱世ではあるのですが、乱世を生き抜くことにかけてこの二人の才能は並外れたものがありますし、悪運もやたらと強いです。

 そう、悪運です。

 良様はやることをやって、しかし報告する相手がいないのでもう全てがどうでもよいです。けれど、とにかく報告せねばなりませんし、約束は果たされたのですから軍は抜けることになります。

 ここまで言っているのですから、形だけでも残っておけばよかったのです。けれど、良様はどうでもよいのできっぱり別れます。

 かなりもったいないように見えますが、史実に類似した進行をしているこの世界だと、闖王の勢いは長くは続かない可能性が高いです。史実をなぞると長く続かないどころの話ではなく、すぐ終わります。結果論ではありますが、「しばらく」などという長い間彼と関わり合いになるのはよくないでしょう。

 そう、結果論です。それは後にならないとわかりません。良様はモチベーションが最悪になっているので、もう果たせない約束の報告以外はどうでもよく、闖王がこの先どれほど見込みがあるかなど微塵も考えていません。結果的におそらくさっさと別れた方がよかっただろうだけです。

 良様と満穂ちゃんは悪運がやたら強いのです。決して幸運ではありません。むしろ不運でしょう。満穂ちゃんの不運はまだあの時代のあの世界なら順当と呼べるかもしれませんが、良様の方、天啓六年の大爆発はさすがにふざけんなよと言ってよいはずです。しかし、その爆発で生き残るのが良様であり、あの地獄を這い出してきたのが満穂ちゃんです。死ぬべきときに死にません。そして、あの旅の最後の機会となる「綺麗さっぱり死ねる選択肢」すら外したのがこのルートの二人です。もしかするとあの時代のあの世界において、悪運の強さにおいては並ぶものがないコンビかもしれません。

 闖王が史実をなぞるような末路を迎えた場合、彼らとの記憶を多少思いつつ、「豚妖を殺したら良様を許す」のではなく「豚妖を殺したら良様を殺す」にしておいてよかったとほっとしている満穂ちゃんの姿を想像することもあります。殺す殺す詐欺で生かせる命があります。

 そもそもあの二人がああして再会できたことも異常に運が良いので、これはもう運命の導きとしか言いようがありません。彼女が天運と冗談めかして言っているとおりです。

 そして、良様にとって最上のあがりであった「ともに死す」ではなく、こちらの「ともに生きる」では良様はずっと満穂ちゃんの掌の上でしょう。尻に敷かれたまま抜け出せなくなること間違いありません。

 九年別れても、その間地獄のようなことがあっても、けろっと再会しているので、無理矢理引き離しても運命で接着されかねません。

 あちらのルートでは良様に力添えしてともに死に良様的に勝利した満穂ちゃんですが、こちらの満穂ちゃんはどう考えても満穂ちゃん的に大勝利でしょう。全くしまらず良様がかっこ悪いところまで含めて最上です。あの旅の風呂でガキ共にこき使われていたときの良様くらいが一番扱いやすくてよいのですから。

 あの再会の直前、良様がぼんやりと「どんな内容だったか思い出せない」としながら漠然とタイトルと表面だけ覚えている「洛神賦」がどんな詩であるかを思うと、良様が完全におしまいであることが強調されてとてもよいです。当然古い詩であり、原文も書き下しも現代語訳も全てネットで確認出来るのでもしご存じなければ良様の終わりっぷりを笑うとよいです。彼女に出会って思い浮かべたのではなく、会う前に思い浮かべているのが完全に終わりです。天運。

 初見の頃から良様のガキに対する見目の印象は終わっていて、風呂での印象など完全に終わりでしたが、ここまで強調されると良様が何を言ってもガキにおちょくられるだけなのでそろそろ彼も惚れ込んでいるのを認めた方がよいでしょう。某女史いわく「いつ見ても何かから逃げている」印象の良様も、今回ばかりは逃げられないはずです。

 内容をあんまり思い出せないまま「洛神賦」の名を浮かべて、ガキと再会しているのがこの二人のやりたい放題な悪運の強さを象徴しています。約束の時を破っていますし、約束の場所でもありませんし、「洛神賦」のような幽玄さはなく自棄酒でくらくらきていますし挙げ句の果てに普通に再会してしゃべりだします。

 ほんとうにしまらないので、「良様を殺す」という実におさまりのよい結末もだらだらと引き延ばされるでしょう。良様が次の約束が済んだら殺すがいい! と感嘆符つきで断言して、余裕たっぷりに満穂ちゃんが殺すと言っているのがもう完全に主導権を握られています。

 しかもこの期に及んで「何を考えているのかわからない」と首を傾げているのが良様なので対策しようがありません。この二人はこれが一番安全なのでこれでよいでしょう。「『満穂』が好きだ」すらしまらないし本人が何を言わされているのかあんまりよくわかっていないのが実におしまいですが、わかっていないのに笑顔になっているのでよいでしょう。完全勝利です。

 あまりにも「ともに死す」が良様的にかっこよく決まっているため、よけいに「ともに生きる」で満穂ちゃん的に大勝利しているのが心地良いです。普段は「ともに死す」が好きな傾向の人間なのですが、この作品は相互に美点を補完していてその点において素晴らしいと思います。

 ほかにも満穂ちゃんの語る理想的な男性のタイプが自分の父親で、どちらのトゥルーであろうともくっつくのはその父親を殺した男であることなど、満穂ちゃん側が良様にぶっ壊されている方の話も無限にしたいのですが無限にできるので措きます。

 これだけこの二人の関係性に情緒を破壊された話ばかりしていて、実際に「飢えた子羊」ではこの二人の関係性に情緒を破壊されたのですが、それはそれとしてシンプルに「飢餓は嫌だ、完全に滅んで二度とあらわれないでほしい」という気持ちにもなっているので、そこをテーマとしてぐいぐい押しつけるのではなく二人の関係を描く上で避けがたい単なる事実として出してくることで「いやだ」という気持ちに自然にさせてくれるのがとてもとても巧みだと思います。

 今日はずっと悲鳴をあげていて、誰かの悲鳴をききたいのでダイレクトマーケティングしたのですが、自分の悲鳴も併せてここに残します。

 「ともに死す」満穂ちゃんについては良様は責任をとってずっと一緒にいるべきですし、「ともに生きる」の方は満穂ちゃんが良様を掌握しているので大丈夫でしょう。

 この二人はどちらに転んでも大丈夫なのであとは飢餓に滅んでもらえば僕はもう大丈夫です。


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