銃社会アメリカの闇

 2015年公開映画、スパイク・リー監督作品「Chi-raq」。コメディーミュージカルと称されるが、銃撃事件を軸に、アフリカ系アメリカ人の深刻な社会問題全てを見事に落とし込んでいる。舞台は、全米で最も治安が悪いとされるシカゴのサウスサイドのフッド(貧困街) 。劇中に描かれる抗議デモは、2020年に起きたジョージ・フロイド事件を機に全米、いや全世界に広まった、BLMの抗議デモに通じるところがあり、感慨深い。そして、ギャング抗争の犠牲になった少女の葬式での、神父のスピーチが印象的だった。銃を取り出し、シカゴに銃が入った経緯、そしてギャングが銃を買い占め、地下で経済を回している話。それは、政治家達が、黒人貧困層と向き合っていないことを意味する。少女は、まさしくこんなアメリカのシステムの犠牲者だと熱弁する。「パティーが銃撃され亡くなったのは、アメリカが銃を衣類の一部だと考え始めたからだ。銃がコンピューターより簡単に手に入る国が他にあるだろうか?」。スパイク・リーは、銃のない社会を目指して、この映画をとったはずだ。しかし、現実は、悪化の一途をたどるばかり。現在、ほとんどの州では、バックグラウンドチェックのみで、銃が買えてしまう。もちろん、地下では、チェックなしで簡単に手に入るし、所持許可証がなくても、家や車の中でなら銃の所持が認められている。

 私がいるジョージア州アトランタでも、コロナのロックダウン以降、銃撃事件が劇的に増加している。2019年の殺人事件99件に対し、20年には157件と一気に60%以上も増え、21年も158件と横ばいのままだ。今年、2022年の2月14日の段階では、前年同月より、既に12件増しとなっている。ロックダウン以降、所謂ナイトクラブ内では、完全防備したセキュリティーを見かけるようになったし、クラブ外でもパトカーが配置されている。安全性を高めるために、セキュリティーとして警察官を雇っているクラブオーナーもいるほどだ。私が働いている、アトランタ#1のストリップクラブでも例外でなく、駐車場にいるヴァレーのスタッフですら、銃を身につけて仕事をしている。ヴァレーの他に、もう一つ、奥に駐車場があり、私は、いつもそこに車をとめている。そこには、トロイという駐車場スタッフがいて、彼もまた、ハンドガンを身につけて仕事をしている。「身を守るためやから、仕方ないやろ。お前も、最低でも一つ、車の中に入れとけ」と、昨年から口酸っぱく言われている。つい先日、この駐車場の脇で、3発ほど銃声が響くと、トロイは自分の車に戻り、ライフルを手にして、銃声が響いた方へと走っていった。そのストリップクラブ、マジックシティーのすぐ前には、外の警備をしているセキュリティー達のバンが停まっていて、その中には、見たこともない数のライフルがびっしり積んである。日や時間帯によって、ハンドガンのみだったり、ライフルを身につけたりしている。

 毎週日曜の私の仕事現場である野外パーティー、ボンファイヤーにいるセキュリティーは、腰に小型銃を2,3丁さし、肩からライフルをぶら下げ、防弾チョッキには、いくつもの予備のマガジンを突き刺している。それも一人ではない。3人いる。ボンファイヤーのスタッフ達も、腰にハンドガンを携帯し、仕事をしている。夏場で平均500人ほど動員するパーティーだ。過去8年で、発砲騒ぎは、2回あった。

 この2年で、スパで働くアジア人女性を狙った連続銃撃事件や、あるクラブで、DJがダンスフロアに向けて数発発砲するといった前代未聞の事件も発生している。ここのところ、毎日のように、銃撃事件を耳にする。最も、フッド、所謂、低所得者が住むスラム街での銃撃はニュースにすらならないのだが。。イーストサイドで、Getto MafiaやCrime Mobといったパイオニアラッパー達を世に送り込み、カルチャーを引率してきた老舗クラブ、Chit-Chat のオーナー、 Lil Babyのよき兄貴分だったLil Marloも銃撃され、この世を去った。そして、皆を震え上がらせたのが、あるバーのバーテンダーの女の子の事件。仕事帰りに立ち寄ったガソリンスタンドから後をつけてきた何者かによって、銃を突きつけられ、車で連れさられ、数時間後に遺体で発見された。アトランタは高度な車社会で、犯人は、自らの車で彼女の車の後をおったということになる。家のドアの鍵を開ける、その無防備な一瞬が狙われた。

 昨年、私自身Hit & Robという犯罪に巻き込まれてしまった。仕事が終わった3AM過ぎ。きっと、犯人グループは、マジックシティーからつけてきてたのだろう。高速道路に入ったところで、急に車がバンと衝撃を受け、ハンドルがロックしてしまった。何が起こったのか、わからなかったが、雨が降っていたので、ハイドロプレーン現象を起こしたのだと思った。とにかく、体勢を立て直すのに必死だった。アトランタに来て、まだ3年の頃、ハイドロをやってしまって、その怖さを十分知っていた。とりあえず、ハンドルロックは解除された、車も普通に運転できてるし安堵していると、右側から一台の車が近づいてきた。運転手は、ウインドーをおろして、私に、何か叫んでる。こちらも、ウィンドーをおろすと「お前の車、俺がぶつけてもうたから、路肩に止めろ」と言ってる。さっきの衝撃は、これやったんやなと納得するも、このアトランタで「俺がぶつけたから」と素直に自己申告する奴なんか聞いたことない。もう車は普通に運転できてるし、第一、こんな夜中に、女一人で、路肩に止めたくないと思ったが、対抗車線合わせて12車線はある、アトランタのど真ん中のど真ん中。直線で見通しがよく、煌々と照らすライトで明るい。ここなら、止めても大丈夫そうだ。相手に保険があるなら、ちゃんと直してもらおうと思った。路肩に車を止めた。さっきの車は、やたら前方遠くに止めている。そいつが車から出てくるのを、待っていた。すると、左側に、ハザードをつけた黒のセダン車が急に止まった。つまり、右車線に車を一時停止したことになる。次の瞬間、私の車の運転席と後部のドアノブがガタガタなった。え、この人も事故に巻き込まれた奴?と顔を上げると、フルフェイスのマスクをした小柄な男がドアを開けようとしていた。「これは、あかんやつや」と悟ったと同時に、その男は車に戻り、前方に停めてた車も同時に、すごい勢いで去っていった。一瞬のことで、頭が整理しきれない。警察を呼ぶにしても、この場所で、いつ来るかも分からない警察をずっと待つのは危険だ。とにかく、ここを離れた方がいい、と判断し、現場を去った。

 現実感がなかったが、日が経つにつれ、恐怖が増してきた。私が、車の傷を確認しようと外に出ていたら、車内の荷物やカメラ一式を盗られていただろう。それだったら、まだましなほうだ。もし、私が、車のドアをロックし忘れていたら、それこそ、この男に銃を突きつけられたかも知れない。カージャックどころか、誘拐までされて、もはやこの世にはいないかも知れない。いや、ドアをロックしたままでも、銃を突きつけられていた可能性もある。後日、警察に届けを出したが、この手の犯罪は、毎日何件も起きているとのことだった。私の車をぶつけた車の車種や犯人像など、一切質問されなかった。「ナンバーを抑えてくれないと、警察は動きようがない」と。ニューヨークの地下鉄でスリにあった際は、何百枚という写真を見せられ、犯人像に近い人物を絞り込む作業までさせられたのに。。。さらに、衝撃だったのは、この警察官に護身用に銃を持ちなさい、と言われたことだ。この話をすると、皆が口を揃えて、言う。「体格や性別など関係なく、皆、平等に自分を守れるのは銃だけや」

 私の友人エリックは、サクソフォーン奏者で、この4年ほど彼の子供部屋を安くで貸してもらっている。彼ほど、メンタルが安定していて、常にポジティブな人は珍しい。感情に任せて、怒鳴っているのを一度も見たことがない。人のことを執拗に悪く言ったり、嫉妬しているのも聞いたことがない。エリックは、銃所持反対派で、護身以上にネガティブを引き寄せると考えている。エリックの友人は、私たちのアパートのすぐ近くで射殺された。「あいつは銃を持ってたから、撃たれたんや。犯人はあいつが銃を取り出すのを見て、撃った。銃さえ持ってなければ、強盗ですんだ。命まで取られなくて済んだんや。そら、相手も銃を持ってるってわかったら、やられる前にやらないと、って誰もが思うやろ。みんな命は惜しいんやから」。私は、トレイシーという古い友達の話を思い出していた。彼は、ラッパーで、Rick Rossのレーベルとサインしていて、当時からストリート、つまりギャング界隈では、顔のきくラッパーだった。もう10年以上も前だ。ある日、トレイシーがスタジオに行く途中、顔見知りの奴が、近づいてきた。横にくると、「金目の物を出せ」とおもむろに着ていたTシャツをまくり上げ、銃を見せつけてきた。トレイシーは、咄嗟にその銃を奪い、発砲した瞬間、離れて待機していたそいつの仲間に4発撃たれた。手、足、胸、脇腹。幸い、命は取り止めたものの、2ヶ月の寝たきり入院。点滴で栄養補給し、リバビリしないと歩けない状態だったという。「展開が早すぎて、よく覚えてない。スローモーションになって意識が遠のいたけど、自分で車を運転してその場を立ち去った。あんまり思い出したくないね。その後、警察に、俺の車から、服やコンピューター、ジェエリーまでみんな盗られたわ。返してもらってない」

 

 何が正解なのか不正解なのか。どうやったら、身を守れるのか。命は惜しい。とりあえず、人生初の射撃場に行ってみた。乾いた音が響く中、いろんな銃が売っている。平日だというのに、ライフルが入った大きなバッグを抱えた人が、ひっきりなしに訪れる。何のため?人を殺す練習?動物をハンティングする練習?訪れる人も、インストラクターの人も、何かヴァイブが違う。みんな不敵な笑みを浮かべているように見える。なぜ、ターゲットは人間の絵?心臓を狙う必要がある?しかも、1メートル前後という異様に近い距離に設定されている。左手を自らの心臓に当て、右手で銃を取り出し、左手を銃に添える。そして、深呼吸。これを徹底的に覚え込まされる。なぜ、自ら心臓に手を当てて、深呼吸?この手順がますます私をナーバスにさせていく。銃を取り出す際、私の人差し指は、すでに引き金の上にあり、インストラクターが「人差し指は、横」とヒステリックに叫ぶ。銃をいじっていて、誤って発砲してしまい、自ら命を落としたクライアントを思い出し、「撃て」と指示があっても、なかなか撃てず、時間を要した。思った以上の衝撃が、身体中を走った。一瞬で人の命、あるいは自らの命を奪える物を手にしてると思うと、吐き気がした。その後、4発打つのが精一杯で、途中でその場を去った。受付のお姉ちゃんに「どうだった?」と聞かれ、首を振りながら「そら、これで人を殺せるってわけや」と捨て台詞を吐いていた。手のひらは、汗でびっしょり濡れていた。

 後日、マジックシティーのセキュリティーとの何気ない会話から、銃撃の話になり、"警察も無闇に心臓を狙う必要はないと思う、足でいいのでは?"と私の意見をぶつけてみた。「相手が銃を持っているなら、足を撃っただけでは、相手は必ず、撃ち返してくる。そうしたら、お前が、命を落とすことになるんやで」。

 つい、4日前、郊外の射撃場で、銃撃事件があり、そのオーナーなど3人が命を落とし、その射撃場で売られている銃やライフルが40丁も盗まれた。そして、昨日、ついにジョージア州も、携帯許可証なしで、誰でも、公衆の面前で銃を持てる州法案が可決した。激増している銃撃事件の対応策なのかもしれないが、今日もすでに銃撃事件があった。犠牲となったのは、アトランタ のスポーツチームのクラシックアンセム" We Ready"で知られるArchie  Eversole。サッカーチーム"アトランタユナイテッド"のテーマ曲も手掛けるなど、アトランタに大きく貢献したラッパーだった。

 命は惜しい。人間、誰でも、みんなそうだ。私自身も深い闇に迷い込んでいる。険しい顔をしたエリックの一言が、突き刺さったままだ。
「銃を持つってことは、じゃあ、お前は、死を覚悟できてる、ってことやな」

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?