韓国の「断続社会」がもたらすもの(2016年)


 韓国のネット環境は世界トップクラスだ。たいていの場所でWiFiに接続できる。スマートフォンの普及率も高い。家庭でも高速なネットが引かれている。そういう「高度接続社会」は思わぬ問題を引き起こしており、国を挙げて対策に乗り出している。


 昨年11月、国連(UN)の専門機関、国際電気通信連合(ITU)が、携帯電話での接続を含めたインターネットの普及率を発表した。2010年以降世界1の座を守っていた韓国は、デンマークに抜かれ2位。それでも、世界トップレベルであることは間違いない。

 常にネットに接続している社会が便利なのは間違いない。メールを受け、ニュースを読む、知りたいことを調べることも瞬時にできる。しかし深刻な副作用ももたらしている。
 『ネット依存から子供を守る本』(キム・ティップ・フランク・著、上田勢子・訳、大月書店)は、ネット依存の症状を幅広く考察した本だ。

 ネットに夢中になっている子供の脳にはエンドルフィンという物質が分泌されている。アルコールやギャンブルにはまっている人と同じような状態なのだという。

 厳格な定義はないものの、スマホやタブレットを含め「ネット依存」になっている子供は、米国で五百万人以上、日本は五一万人と推定されている。
 成績の低下、睡眠障害、人間関係の希薄化の症状が見られるといい、力ずくでやめさせると暴力を振るうケースもある。
 大人だって同じだ。私もパソコンなしの生活は想像できない。「中毒予備軍」だろう。

 欧州では、子供を大切にする視点から、男親が子供と過ごす時間を増やす努力している。『メディア漬けで壊れる子どもたち』(清川輝基ほか・著、少年写真新聞社)によると、ドイツは、日本の5倍に及ぶ子育て世帯への経済支援を行っている。2001年からは育児休暇を「親時間」という名前に変え、両親に3年の育児休暇を与える制度がスタート。オランダでは、残業代に重い税金をかけ、親たちを早く家に帰させる政策を取っている。

 子供を、携帯やネットに放りっぱなしにしない工夫をしているのだ。
 日本はどうだろう。2007年の厚生労働省の調査によると、男性の育児休暇取得率は1・56%にすぎない。父親が子供と過ごす時間は決して多くない。

 そこで思い浮かぶのが、韓国の取り組みだ。インターネットの普及は、国土の狭い韓国がIT立国を実現するため意識的に進めてきた政策だった。ソウルへの人口集中、高層住宅が多いことも普及の手助けをしてきた。
 私がソウルに住んでいた二〇〇〇年代前半、すでに町にはPC房と呼ばれるネットカフェが林立していた。安い費用で24時間過ごせた。多くの人が一緒に遊べるネットゲームも登場し、家出してPC房で一日中過ごす子供の存在が社会問題化した時期でもある。

 2002年にはネットゲームを86時間続けた無職の男性が極度の疲労で死亡、さらにネットゲーム中毒の兄が弟を殺害する事件も起きた。04年に行われた全国調査では、成人の8・9%、青少年の20・3%がネット中毒状態であることが判明したという。
 こういった韓国の事情は、『ネットに奪われる子どもたち』(清川輝基ほか・著、少年写真新聞社)に詳しく紹介されている。 韓国の実態と対策を現地で調査し、まとめた本だ。

 2010年にはネット中毒対策センターが設置され、関係省庁をまたぐ総合対策が立てられた。さらにネット中毒専門相談士という資格がうまれ、カウンセリングに当たっている。集中して中毒治療を行う11泊12日のキャンプは有名だ。

 『ネット中毒依存症』(樋口進・著、PHP新書)には、このキャンプの詳しい内容が紹介されている。午前7時半に起床し、午前中は洗濯や荷物整理、午後はダンスやロッククライミング、読書などを行う。もちろんネット使用は完全な禁止だ。

 中国も同じ問題を抱えており、本格的な対策に乗り出している。中国が全国250カ所に設けたキャンプはまさに軍隊式。子供たちは迷彩柄の服を着て、鉄格子の中で3-4カ月生活し、ネットゲームから遮断する。『インターネット・ゲーム依存症』(岡田尊司・著)に紹介されている。

 昨年、オム・ギホという社会学者が書いた本が話題となった。タイトルは「断続社会」。「断絶」ではない。「ネットや携帯電話では過剰なまでに接触しているのに、リアルな社会では一人一人が断絶している」という意味だという。

 同じ考えを持っている人とは常に接触するのに、他人の苦痛といった少しでも自分と違ったことは徹底的に遮断して無視し、介入を避ける。意思疎通がなくなり、個人が断片化され、相手に自分の意見を伝えることがなくなる。
 こういう断続社会は「人の成長が不可能な社会」だとオム氏は強調する。そして「もう一度苦痛に向き合い、社会に抵抗しよう」と呼びかけているが、今の日本も、こんな社会になっていないだろうか。

よろしければサポートお願いします! いただいたサポートはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!