社会を変える憲法裁判所


 韓国には、日本にはない憲法裁判所(憲裁)があり、注目を集めている。朴槿恵大統領を解職する「弾劾審査」を行っているからだ。憲結果は早1ければ3月にも出される予定だ。憲法の解釈や、憲法に照らして問題があるかどうかを裁判官が判断する権限もあり、日本にも導入を求める声もある。

 
 憲裁に近い存在は、韓国では1960年代からあったが、民主化闘争によって87年に憲法が改定され、翌88年に、現在の形となった。違憲とされた法律は、効力が失われる。弾劾裁判は盧武鉉大統領時代にも行われたが、この時は棄却されている。
日本でも、は最高裁判所による「違憲」判断が
 る。「時の政権の姿勢に左右される」といった否定的な見方もあるが、長い民主化闘争の過程で作り上げられたものだ。
 日本は個別の裁判のなかで、裁判官が憲法との関係を判断している。一方で「憲法裁判所」(以下、憲裁)を持つ国もけっこうある。憲法の解釈や、憲法に照らして問題があるかどうかを裁判官が判断する独立機関だ。韓国では現在、大統領の弾劾審査が進んでいるが、これも憲法裁判所の重要な役割であり、
 ドイツ、フランス、イタリア、スペイン、ポーランドなど欧州の国が目立つ。
 30年近い歩みは『憲法裁判所 韓国現代史を語る』(李範俊・著、在日コリアン弁護士協会訳)にまとまっている。韓国の日刊紙「京郷新聞」の元記者が関係者にインタビューして、時代背景を盛り込んでまとめた労作だ。
 この他、『韓国憲法裁判所』(在日コリアン弁護士協会・編著、日本加除出版)は、法律的な側面から44の重要判例を解説している。
 すでに500件の違憲判決が出されている。
 政治問題、法の下の平等、精神的自由などに関する決定が主で、社会の流れや国民の日常、社会の根幹を変える力を持っている
 今年2月、憲裁が出した決定が、大きな話題となった。社会の流れを変えた典型だ。
 韓国に残っていた「姦通罪」を憲法違反とする判断だった。姦通罪は、結婚している人が配偶者以外と性的関係を持つことだ。日本ではすでに死語だが、韓国では刑法241条に規定され、2年以下の懲役となっていた。
 じつは姦通罪問題は、憲裁で過去4回取り上げられている。
 裁判官たちは「幸福を追及する権利は憲法に認められており、性関係の相手を決め、自分の運命を決定することも含まれるが、秩序維持と公共の福祉のためには限定的に権利を制限できる」などとして、姦通罪の存在を認めてきた。
 しかし、前回2008年の場合、9人いる裁判官のうち、合憲としたのは5人とぎりぎり過半数。今回は違憲が7人で、圧倒的多数を占めた。
 基本的に「家庭内のことであり、法律が関与すべきでない」というのが理由だ。価値観が多様化した時代を反映したのだろう。新聞は姦通罪を犯した有名人のことを実名で報道するケースがあったが、今後はなくなるだろう。
 この他、憲裁が貢献した分野に、映画の自由な上映がある。映画上映前に公演倫理委員会の事前審議を受けるのが義務だ。韓国では映画がしばしば権力告発の道具となり、時の政権に都合の悪い映画は、上映が禁止された。これが合憲か違憲か、論争が繰り広げられた。
 その結果、08年「制限の内容があいまい。思うがままに制限を加える可能性があり、言論、出版の自由を侵害している」として違憲とされた。
 「同姓同本の婚姻」問題も、憲裁が決着をつけた。儒教の風習が残る韓国では、父系中心の血族関係を重要視し、父から「姓」と「本貫」を受け継ぐなど、同族意識を共有する。
 1958年の民法制定時に、祖先を同じくする同姓同本の場合は、どれだけ離れた関係であっても「同一血族」の婚姻とみなされ、禁止された。
 ところが困ったことが起きた。例えば韓国南部を中心とする金海金(キメキム)氏は、韓国の人口の9%を占める。愛し合った相手が、偶然同じ本貫である可能性は高い。この法律のため結婚できず、絶望して、自殺してしまった人もいた。
 これに対して、憲裁は97年、民法の規定は憲法に合致せず、効力を喪失すると決定したのだ。
 今では、よほどの近親でない限り、同姓同本の結婚は可能となっている。古い儒教の規範を変えた事例といえる。
 昨年末には、革新系の少数野党、統合進歩党を解散させる決定を出した。韓国で政党が解散させられるのは1987年の民主化後初めてで、賛否両論が噴き出した。
 社会の根幹を変えた代表的な決定は、旧日本軍による従軍慰安婦問題をめぐるものだ。
 元「慰安婦」の対日損害賠償請求権問題を解決するために政府が具体的な努力をしないのは、請求者たちの基本権を侵害するもので憲法違反、と決定した。2012年のことだ。
 韓国政府はこれを受けて動いたが、日本での評判は必ずしもよくなかった。請求権問題は1965年の日韓請求権協定で「完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」と書かれていたためだ。
 根底には「国際的約束である条約よりも『正しさ』を優先させるべきだという韓国的考え方」(韓国、反日の真相、澤田克己・著、文春新書)がある。民主化闘争の中で、この考え方が強まってきた。
 憲裁は、新たな法律を作って、すでに時効となった犯罪を裁く「遡及立法」を、特別なケースに限り「合憲」として認めたことがあるが、これも「正義重視」の風潮が背景にある。
 『韓国化する日本、日本化する韓国』(浅羽祐樹・著、講談社)は、請求権問題はすでに決着が付いているとの考えを示しながらも「『人権問題は人類普遍の問題だ』というのが、国際社会のメジャーなルール」であり、「日本に求められるのは、世界のなかで道徳的リーダーシップをとること」として、対応を取ることの必要性を説いている。
 ただ、裁判官9人のうち、最大8人を大統領や与党が選ぶことになっているなど、権力との近さは気になる。
 これまでの決定を法律家の立場から解説した『その瞬間 大韓民国が変わった」(キム・オク・著、未邦訳)は、「憲法裁判所は万能ではない。あくまで料理を引き立てる塩のような存在」であり、「自由と権利の本質を侵害しないために必要なものだが、それだけでは料理にはならない。あくまでわれわれの国の政治の力量にかかっている」として、政治の奮起を促している。
 

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