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「離離 - Lili」75首

り‐り【離離】
1 よくみのって穂や枝が垂れ下がるさま。
2 草木が生い茂っているさま。
3 ばらばらに散らばっているさま。

平成の間に詠んだ歌たち。
雑多なビルとビル、平屋と平屋の間に落ちていた影のようなもの、
ブルーライトから浮かび上がった、
わたしと、わたしではない者との曖昧な境界線や、
少しく黄ばんだ古本や、書架の欠片の物語の、寄せ集め。

花冷えの午後にひとりでパンケーキを食べつつ海が見たいと思う

笑い合う夫婦の横でカフェラテのカップに触れる 風が重たい

平日のヴィーナスフォートを歩みゆく ブルーの壁がやけに甘めの

「憔悴を厭うていたら恋なんてできない」という文に線引く

マルクスとデリダを語る君の手のキャラメル・ラテがこぼれそうなの

ひとりひとりひとりひとりと歩みゆく東京、渋谷、友と別れて

「一昨年のきみがよかった」どこからか声が聞こえて走って逃げた

ねえ今日の夕陽を見てよ ひとり泣くシャネルの吐息みたいな空を

夏に咲く花の名前を探してる 恋をしなけりゃ見えないらしい

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母上は天に召されし英傑を寝物語で毎夜死なせり

纏足にさせらるる子の足のゆびますらおが望むままに曲がりき

山門の内にとざされたる稚児のみぐしに落つる木槿(むくげ)の花弁

息を止め入水をしたる維盛の手中でゆれる珠のつらなり

椿散る京の大路を歩みゆく牛若丸の肌の冷たさ

大鎧まとうて去りつる資盛にバカ行かないでとなぜ言えないの

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《神輿》
長月の空がしずかに暮れてゆく中を雪駄で歩いておりぬ

金色(こんじき)の神輿を担ぐ父母の凛々しき声を忘れずにおり

ぐい、ぐんと、腰の力で花棒(はなぼう)を持ち上げし人の無言、うつくし

拍子木の音を合図とするごとく静かに雨が降りはじむる宵

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いっせいにこうべを垂れて玉音をついに聞きけり女も蝉も

弔いという字はどこかさびしくてお鈴を鳴らす夏の夕暮れ

背中から羽根が出さうな小夜更けぬ ひとりはいやだと思つてをれば

自分など愛することができなくて無心で〈夜の梅〉食べている

さくらさくばかりだ、わたし、都合のいい女じゃないと言えないでいる

桜花 きれいなままで散っていく 家父長制を笑うみたいに

をみなとはをみなとは何ぞと叫びゐる書架のとなりで膝を抱へる

をとことはか弱くそして筋肉のしなやかな獣(じゅう)、らしいと聞くが

いい縁がやってくるわと朗らかに笑う母らに悪気はなくて

らいてうと晶子と我は同じだと思ふをとめの時は過ぎにき

世界中どこにもわたしの居場所などないと信じていた日々なつかしき

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橋姫はなに思ふらむ玉の緒の長き夜陰にたつた独りで

苦しげに比丘尼が顔を伏せて言う「恋の病の薬、ください」

白皙の皇子が泣くと雨が降る、昔話を聞いたのでした

夜桜の下で酒盃を交はしたる人らに紛れて、アラ、白狐

狛犬のまなこが不意に動きしを見ぬふりをして宿屋にかへる

朝露を髪に飾った姫様は鬼のお嫁になりましたとさ

いつまでも泣くのはおよし人生は塗り絵みたいなもんなんだって

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街路樹の葉が揺れている この世にはおなじひとってひとりもいない

白梅がしんと険しく咲いていてふとイヤフォンを外して歩む

薄暗き集会場に咲く牡丹 懐紙のような花弁をつけて

「故里は地獄」と言いし君のゆび寺山修司のゆびとからんで

苦しくて仕方ないから神保町「安吾」を見つけまた苦しんで

定型詩であめつちをどう動かすの 疲れてぐずり出してる星で

唇が燃えてゐるわと思へどもそれの名前は、単に、くちづけ

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「激動」と呼ばれ続ける日々に咲く辛夷(こぶし)の中に祖母の背を見る

旧かなで書きし葉書を若き日の曾祖父宛に出したくなりき

街路樹の名前を知らず弥生尽 亡き曾祖父に会ひたくなりぬ

祖母と母うしろ姿は似ておれど米研ぎの音は違って聞こゆ

見開きの真ん中にある余白から腕が出てきて手招きをせり

色のない路傍で宵に咲く花の香りばかりがただよう弥生

彼の時はただ遥かなるところゆえ着付けをさらう弥生のおわり

薄れゆく昭和の影を捕まえて日が暮れるまで缶蹴りをする

浪漫の粉ふりしきる夏の夜にご先祖様から手紙が届く

七月の夕暮れがほら押し入れのタトウの中に入っていった

今は亡き弟の名を呼ばうとき祖母は十四の娘にかへる

曽祖母の涙の中に夕焼けの昭和五年の町があります

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生命のきらめきといふ透明な透明な笑みに撃ち抜かれたり

心臓が胃が肋骨が震えてるあなたの腕に手を伸ばすとき

風邪なんかひいてもいいかゆるふわのセーターを着て君に会いゆく

わたしとは違う訛りを持っていて笑うと目じりがきゅって上がるの

ねぇ君の語彙をわたしにちょうだいよ 君にはわたしの心をあげる

春風の吹き荒れる日によく似てるあなたの声がわれを鼓舞する

水晶の数珠を弓手にはめし君の毎夜の夢がやさしいように

手のひらに汗が浮くから君の手に指先だけを触れさせてみる

もし君と海辺の街を歩けたらわたしは春のかもめになろう

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濃き影に照射されゆく光あり くちなしの花ひらける午後の

本当に言いたいことは言いにくい「ひとりはいや」とか「眠れない」とか

恋なんて簡単だよと笑む友の髪の毛日に日に傷んでいくが

寂しさと恋しさの差を教えてよ 冥王星から着信ですか?

「ねぇあのね、ほんとはわたし、きみのこと」言いかけた夏、教室、それと

「本当はさみしいですか」まっすぐに聞いたら君は、聞いたら、君は

夜空のような肌のにおいの人でした 実体なんかどこにもなくて

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争いの終わりはいつかと問いかける鼓動を夏の波に重ねて

蝉の声また聞いてゐるゆくりなく逢ふては別るるこのうつし世で

《けふ》を終へ眠るわたしに《けふ》が降り、新たな《けふ》がわたしをつくる


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