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ぼくにとっての数学とは何だったか

ぼくは大学で数学を専攻した身の為、しばしば「数学をやっている人」と認識される割合が大きい。

けれど、数学は趣味の様なもので、ぼくは数学に人生を懸けると決めたわけでもないし、そのつもりもない。今はたまたま偶然、数学をやっている。

文筆も好きだし、踊るのも好きだし、瞑想や気功も好きで、数学活動がもう少し落ち着いたら活動の幅を数学を超えて拡げてゆきたいと思っている。

そこで「ぼくにとって数学とはどのような存在であったか」を一度まじまじとまとめて書き留めておきたいと思うようになった。

では、始めようか。

ぼくにとっての数学とは何だったか

まず、ぼくと面識がある方は察しになると思うが、ぼくは学校という所とすこぶる相性が悪い。学校を監獄だとさえ思っている。

大学進学は「大学という所は研究機関であって教育機関ではないのだから、いわゆる学校とは別格な所に違いない」と入学当初は思っていたので大学に入って数学をやろうと思った。で、入試を受けてなんか通過した。

が、実際に在籍してみると大学が最も窮窟で学校らしい所であった。正直これは残念だったな。まあ学校という監獄の最高形態が大学という大監獄なのでしょうね。卒業証書などには何らの価値も感じない。

大学卒業証の交付は廃止してしまって「自分が卒業したいときに、自分の責任で卒業する」と言うのならまだましですけどね。単位などのくだらない形式に注意を払っていたら、学問の自由もクソもない。本末転倒です。

大学には「この国を良くしていこう」という意志は微塵も感じられない。口先だけ達者ではなんの意味もないんだよ。単位がどうした。論文数や目に見える業績がどうした。そんなことを気にかけていて本当の学問が出来ると本気で思っているのか。いや、する気がないのか。

ともかく、学校という所は異常に窮屈で、在籍する中で色々と苦しみ葛藤を繰り返してきた。

で、本題なんだが、こうした窮屈な感覚や湧き出る不満や怒りをどう発散すればよいか、ということが切実な問題として心中を支配していた時期がある。

人付き合いも苦手で、周りに相談するという考えは毛頭なく、結局は独りで抱え込むことが大半を占めた。

そこでぼくは、最高の発散手段と出会ったのだ。それこそが数学であった

数学の中に籠り現実逃避をし始めた。ただひたすらに。

はじめは「なんとなく得意だからやってみよう」という程度だった気がする。15歳のときだ。高校入試を控えていた影響もあると思う。

小学生のときに棒人間の絵をひたすら自由帳いっぱいに描いていて、例えば「方程式を解く」ときの感覚は、棒人間の絵を描いて構図を作る過程と極めてよく似ている。だから数学的感覚には周りより少し馴染みがあった。

なにせ数学は独りで出来る。ぼくはのめり込んだ。本当に没頭した。

数学の問題と対峙し、湧き出る感情やアイデアを、棒人間の絵を描くように、日本語と数式を使ってまっさらな用紙の上に描き続けた。

高校時代に出逢った師匠は「答案は美しく描きなさい」と教えてくれた。単に書き殴ればいいってもんじゃない。そこには美学がなければならない。

ぼくが師匠から日本語や数式を通して教わったものこそは、

そうした『美学』であった。美しいものを看取ることを学んだ。

ぼくは海に溺れた子供のように、学校という監獄の中で、不満や怒りでいっぱいになって泣き叫びたくなる悶々とした日々を送っていた。

ぼくは絶望した現実からなんとか逃避したかった。

そして数学と出逢い、師匠という人と出逢い、非現実な数学の中に潜む美しさに酔いしれていくことになる。

いま思い返しても、毎日が痺れるような夢心地であった。

数学の言う「点」には大きさはないし「線」には幅がない。でも紙とペンで実際に描くと、点には大きさがあるし線には幅がある。けれど、

そんな数学の特異な性格から生じてくる不思議な「美しさ」と言うのがある。

お酒に酔うと、日頃のことなど忘れてしまい愉快な気分になるように。

ぼくは数学の持つ不思議な美に酔い痺れたのだ。

たとえ心身がボロボロにはなっても、ぶっ壊れはしないように。

絶望的な現実から逃避する為の救済処置として、数学をやってきた。ただそれだけの事だった。

よく聞かれる質問がある。「どうして数学が好きになったんですか」と。まあ自然な質問ですね。でもぼくにとっては事情がちがう。

ぼくにとっての数学は、そんな「なまぬるい」もんじゃない。

好きとか嫌いとかカンケーない。ぼくは「健康に生きて心身を守る為に」数学をしてきた。

数学でなくても何でもよかった。たまたま偶然、数学を選び取ったに過ぎない。

。。。。。。。。。。。

そして日々は過ぎ、ぼくはmanakiと出逢い、いままで目を背けていた不満や怒りに真正面から向き合い対処することを覚えだした。

現在は、現実は絶望から希望へと変わった。

自分にとって本当に大事だと思え、独りで抱え込まなくとも相談してみようと思える人も、現れ出した。現実は意識によって変化し始めた。

もう現在のぼくに数学は必要なくなった。で、数学は趣味になった。

上記に綴ってきたように、数学に取り組んできた動機は「現実逃避の救済処置」というぜんぜん立派なものではない。

でも。これは今までの話。もう終わった話。だから、思い出としてまとめて見たわけです。この話はけっこうな告白なのですが。区切りですかね。

manakiと出逢う以前の数学、の話。不満や怒りから目を背けようと必死になって頑張っていた頃の話。だから、どうか誤解しないで欲しい。

この世界には、まったく別の数学が存在しうる(math as it could be)。

manakiと出逢う以後の数学、の話がこれから芽吹いてくる。

で、ぼくは数学を突き抜けたいと思っている。

まあ趣味だからね。どこまで続くかもわからないし、どうなるかわからないけれども。

数学自体よりも、数学を超越するものに人生を懸けたい。

そんなことを考えています。では、さようなら。またね。


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