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スキーパトロールは警官でなく料理人である

1月と3月の2回に分けて、スイスの山岳リゾートヴェルビエの安全管理の総責任者と、白馬村のパトロール2名との交換研修プログラムを白馬村観光局から受託してコーディネートしている。

日本とスイスの環境、法律、文化の違いが大きすぎて、勉強すればするほどパトロールとフリーライドというある意味「混ぜるな危険」という組み合わせは、日本では本当に混ぜてはいけないものなのかもしれない気がしてくる。ただ、現にヨーロッパでは既に混ざっているので、こうやって情報を提供することには大きな価値があると思う。

書きたいことは山ほどあるが、1つだけ、考え方の違いでこれは絶対に日本もこのようなマインドセットに変えたほうがいいと思った事がある。

ヴェルビエでは、スキーパトロールは、日本でのスキーパトロールにたいする(私の)イメージである警官よりも、料理人に近いのだ。

ヴェルビエでのパトロール小屋の近くで、近くの標識を眺めていると、「日本から来たチームか?聞いてるよ」と言ってコーヒーを小屋の中でごちそうになった。

コーヒーを飲みながら、ゲレンデマップを見て、ここは滑ったか、ここのフリーライドコースは最高だぞ、このルートはおれが見てるんだ、と言って嬉しそうにスキー場の説明をしてくれた。一緒に行こうと言って実際に案内もしてくれた。

彼らにとってスキー場は、山という素材を自分たちが調理して提供する商品なのだ。もちろん無茶な滑りをしているスキーヤーには注意するが、おいしい斜面を提供したいというサービス精神がいちばん根っこにあると思った。

今の日本と同じように、スイスでも15年くらい前からコースという線からはみ出して、パウダーや自然地形を滑る人が急増し、スキー場を管理する法律やパトロールのマネジメントを変化させる必要が生じた。

下の写真は、ヴェルビエにある、圧雪していないフリーライドコースだが、どれだけ多くの人が滑っているかわかると思う。

「なぜ、滑走エリアを広げたんですか」と聞くとヴェルビエのパトロールは、「お客さんがそれを望んだから」と言った。

日本のスキー場にはいま、バックカントリーエリアにある美味しそうな斜面を食べに、世界中から人が来ているし、これからも増えるはずだ。この新しい客が求めているのは、パウダーやツリーといった、これまでスキー場がサービスとして提供してこなかった「味」だ。これは、世界中で大ブームの和食にも負けない、日本が誇る魅力なのだ。

しかし、今の日本のほとんどのスキー場は、このバックカントリーという素材を使うことが国や地主から許されておらず、料理できるスキルがある料理人もいなければ、火薬やヘリなどの便利な(時には必須の)調理器具の調達も難しい。

仮にそれらが揃ったとしても、雪山の素材は美味しいところほどリスクが大きくなるフグ料理みたいなものである。それを提供することでかかるコストをカバーしてくれるほど新規の来店があるのか、万が一食べた人が毒(=雪崩)にあたった場合に誰が責任を取るのか。「うちでは調理できないから食べないで」、と警告しても食べてしまう人は必ずいるので、その人を病院に連れて行くのは誰なのか。

こういったことが明確になって来なければ、スキー場がヴェルビエのような規模でフリーライドコースをオープンするのは難しいと思う。

ただ私がここで言いたいのは、日本のスキーパトロールも、警官から料理人にマインドセットを変えないといけないということだ。

来た人をただ取り締まるのではなく、自分たちのスキー場のリフトから行ける場所にどんな素材が眠ってるのか。それを料理するには何が必要なのか。それをスキー場経営者だけでなく、パトロールも考えなくては、日本にスキー産業はもうなくなってしまうかもしれない。

逆に言えば、パトロールも「サービス提供者」のマインドセットを持つことができれば、日本には世界中の人がそれを食べるためだけに日本を訪れるくらい美味しい雪山がまだまだ眠っている。

ここから先は多少専門的な話になるが、スイスではパトロール=料理人になるためにはいろんな試験を受けなくてはいけない。(日本にはパトロールになるために必ず合格しないといけない試験は無い)

これらをクリアしたスキーパトロールは、日本ではスキーパトロールの仕事というと、ひどい時には滑って遊べるバイトくらいに考えられるのとは対象的に、立派なプロフェッショナルとして認められるのだ。

個人的にはこの人材育成の部分が最も重要だと思うので、多少詳しく書きたいと思う。

スイスでスキーパトロールになるには、約2年くらいの見習い期間を経て、試験だけで2週間もかかる実技と筆記の試験を受ける。それでやっと1番初級の「クラスA」パトロールの資格が取得できる。これに受からなくてはそもそもパトロールとして雇ってくれるスキー場は無い。ちなみにクラスAまでの試験の内容はイタリア、フランス、スイスで共通だそうだ。

次のレベル、「クラスB」の試験は主に雪崩コントロールがトピック。クラスBは受験資格を得るだけでも、クラスAを取得したあとに2年の実務経験と、雪上で使う爆薬の取り扱いに関する資格を別途取得することが必須。(日本には雪に対する爆薬の試験というのは無く、岩など全ての対象物に対する爆薬の試験しか無い)

ヴェルビエでは、35人のパトロールの95%がクラスB以上を取得しており、これも取得に何年もかかる山岳ガイドの資格も合わせて持っている人も多い。

クラスB取得者がだいたい10年くらい実務経験を積んだら、「クラスC」のパトロール試験を受験でき、スキー場およびパトロール隊のマネジメントができるようになる。

日本でこの制度を導入するとなると、もはや国レベルでの取り組みが必要であり、既にこれまでも国家資格化にむけて働きかけてできなかった経緯があるのかもしれない。

ただ、ウィンタースポーツに関しては、今、北京冬季五輪を2022年に控えたこれから数年が、唯一かつ最後の勝負だ。

今もう一度トライしないと、日本のスキー産業は一部のエリアで外国人が山を買ってスキー場を作る、最小均衡状態で落ち着き、それ以上になることはもう無いと思う。100年のカルチャーを持ち、2回も冬季五輪をやった国で、世界最強クラスの雪山を持つのに、それは本当にもったいない。

1番に気付いた人間にやり切る責任がある、と電通時代の尊敬する先輩が言っていた。また、FWTのプロジェクトに協力してくれている、山岳ガイドさんや雪崩のプロフェッショナルの方たちにも、ここはやりますと約束したので、個人としても、Freeride World Tourとしても、やれる限り頑張ろうと思う。

フリーライドスキー/スノーボードの国際競技連盟、Freeride World Tour(FWT)日本支部で、マネージングディレクターおよびアジア事業統括をやっています。